2011年9月12日月曜日

サンフランシスコ・オペラの「戦士の心」初演

昨夜は、新作オペラ、「戦士の心(Heart of a Soldier)」の初演でした。

イギリス、アメリカ、アフリカ、ベトナムと、イスラム文化が、傭兵・兵士の視線の中で出会い、9/11で、ピークを迎えるという、スケールの大きい異色ドラマ。サンフランシスコ・オペラが、作曲家、クリストファー・シーファニーダス(Christopher Theofanidis)に依頼して、ジェームス・スチュワート(James Stewart)の同題の実話をオペラ化したものです。

お話: イギリス人傭兵のリック・リスコーラ(Rick Rescorla)と、アメリカ人傭兵のダン・ヒル(Dan Hill)1962年のアフリカの戦場で出会います。気のあう2人は、リックのアメリカ人帰化後、米軍に入隊、1965年に2人とも、士官としてベトナムへ。そしてベトコンに囲まれて危うく命を落としそうになるダンをリックが、軍の指令を無視して救出、友情はさらに深まります。

1998年、リックはモーガン・スタンレーに安全部重役として入社、ニューヨークのワールド・トレード・センターのオフィスに勤務。スーザンと出会って再婚します。

ダンはイスラム教に惹かれて改宗、アメリカの市民生活に適合できずに、再び、兵士としてアフガニスタンへ出兵。リックに依頼されて、ワールド・トレード・センターの安全性を検討、双子ビルは、テロリストの地上と空中からの攻撃に弱いという結論に達します。それを基に、リックは、異常時が発生した際の避難訓練を企画し実施。非常時に、隣にいる人とパートナーを組み、歌を歌いながら、オフィスのトップ階(トップは107回でレストラン)の106階のオフィスから、地上へ、階段を使って避難するというもの。重役でも、この訓練をさぼることはできません。

あの9月11日、リックは、ビル管理側の命令を無視して、直ちに避難命令を出し、その結果、モーガン・スタンレーのほとんど全社員にあたる2700人が、ビル崩壊前に脱出に成功、命拾いをしますが、残りの人がいるかどうかを確かめるためにビル内に戻ったのが、リックの最期となります。

戦場での兵士同士の交流や、親友であることの確かめ方などのリベレットがわかりやすく、ユーモアたっぷりで、映画のような感じ。

スーザンもリックも50代で離婚の経験者。出会いの不安と心のときめきを歌うスーザンですが、気持ちが正直に描かれていて感動。リベレットを作る人の力はすごいものです。写真下:リックを演じるトーマス・ハンプソン(Thomas Hampson)と、スーザンを演じるメロディー・ムーア(Melody Moore)。トーマス・ハンプソンがSFでフィガロを演じた時から好きなバリトンです。

ダンを演じたのはウィリアム・バーデン(William Burden)は、ハンプソンを凌ぐ力強いパフォーマンス。また是非、サンフランシスコに来て欲しいです。写真下:イスラム教への改宗を決心するダン。

アドラー・フェロー一年目のネイディーン・シエラ(Nadine Sierra)がジュリエットを演じたのですが、役になりきる力、またアリアそのものもよかったです。戦場へ出す手紙に香水をしみ込ませるなんて、以前だったらばかばかしいくらいにしか思わなかったと思いますが、ネイディーンの歌で、命への願いとかが伝わってきました。悲しいことです。写真下:トムを演じるマイケル・サムエル(Michael Sumuel)とジュリエット。彼もよかったです。

今回は、いつもとはちょっと違う人たちが劇場内にたくさん。私のいたところには、アメリカ人軍人用一画が設けられていたので、制服を着た兵隊さんがどんな反応をするかと、ちょっと興味津々。多分、普段はオペラには縁がない人たちと思いますが、でもストーリーがうまく語られてたので十二分に受けてました。

スコアもよかったです。特に始まりの部分は、息を吸い込むと広がる胸のように、スコアが聴覚を解放するようで、これから違った世界へ連れていくんだなと、感じさせます。

2幕目の最期の部分は、演出等々、もうちょっと向上できる余地があると思いますが、第一幕はたいへんうまくまとめられてました。一幕目の最後にモスラムの歌とメロディー(Mohannad Mchallah)が入るのですが、それが欧米のスコアとの相性がたいへんよいのでびっくり、モスラムの旋律の美しさに目が覚める感じ、心をふわーっと背中の後ろの方の、地球上の未知の世界へ広がせる感じです。この部分は、イスラムには拒絶反応を示すアメリカの現状をしっかと意識した、勇気ある演出でした。

私はサンフランシスコオペラのディレクターのディビッド・ゴックリー(David Gockley)は好きじゃないんですが、このような、今までのオペラでは取り上げることがあり得なかった題材を、これまた完全に無視されてきた視点から、異文化に接近し、スノッブと言われる理由がなきにしもあらずのオペラというミディアムで、堂々上演させた力は、しぶしぶですけど、高く評価したいと思います。

Youtubeにビデオクリップがあるので、リンクしておきます。

追記:9/14/11: SF Gateに、オペラのレビューと写真が載ってるのでリンクしておきます。

追記 2: 10/2/11 9月30日最終公演、ハンプソン、世界トップ・プロの実力を十分に見せるパフォーマンス。ダンとの合唱は、2人の力量が見合って心が通い、素晴らしかったです。やはり、初日では、ハンプソンさんの大きな体は、まだウォームアップが十分でなかったのかも。彼が、まだまだ歌える事がわかって嬉しかったです。

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