2012年6月21日木曜日

ジョン・アダムズのオペラ、「ニクソン・イン・チャイナ」

2012年サンフランシスコ・オペラ、夏のシリーズは、「中国のニクソン (Nixon in China)」で幕開け。

現在のアメリカと中国の関係を考えると、ニクソンの中国訪問はクラっとするくらい遠い昔の出来事のような気がしますが、オペラの内容はすごく今的、筋の組み立て、構成もうまくできてて面白かったです。

キャラクターの造り方が上手。

ニクソン:飛行機のタラップを降りてくると、「この瞬間を世界が実況中継で見てる、あそこにいるのは周恩来、周恩来と握手するなんて! 自分は歴史を作ってる! 世界が自分を見てる!」 幕開けと同時にニクソンのキャラクターをばっちり設定。ブライアン・ムリガン(Brian Mulligan)が演じます。

ニクソン夫人:2幕目に彼女の歌うアリアがあるんですが、「私は貧しい家に生まれた、だから毎日をクリスマスのようにすごすの...」「(今はこうして世界を巡ったり、世界のトップの人たちと挨拶したりしているけど)、運ほどあてにならないものはない、人の運命は生まれた時から定まってるのね。」

当時中国の誇りの、ガラス細工をつくる近代的工場でガラスの象をもらい、「これはものすごく珍しいものなんでしょ?」と尋ねると、「この工場ではこのようなガラスの象を一日数百個作ってます。」ここで場内に笑い声。ユーモアもあるオペラです。

赤い中国とアメリカって、農民が中国共産党のトップになったり、庶民の子供がハイテク会社の社長になって大統領から招待されたり等、個人の階級移動性という点で似たところがあるのが愉快。どちらも革命を経験してるのが共通点。

ニクソン・イン・チャイナというタイトルなので、ニクソン大統領についての話と思いがちですが、2幕目ほとんどを、ニクソン夫人の動向と心の動きに費やしてるのもこのオペラの現代性、またアダムズやアリス・グッドマン(リベレット)やピーター・セラーズ(ディレクター)のジェンダー感が垣間見えて面白い部分。マリア・カノーバというロシア人ソプラノ(Maria Kanyova)が歌います。

毛沢東:いつも秘書のような女性が数人ついていて、痒いところにいつでも手が届くようになってます。男の望む物はイデオロギーには関係無しというポイントをうまくついてます。

老いてるとはいえ観察眼はなかなか鋭く、「建国者の次には、金儲け屋(が出てくる)。」この台詞が数度出てきます。アメリカも中国も同じってことですね。

周恩来に毎日のことはまかせ、将来を憂える老人マオですが、共産中国をつくってひっぱてきたのはすごいな〜と思ってしました。中国が本当にひどい状態だったんでしょうけど。サイモン・オニール(Simon O'Neill)というテナーが演じるんですが、体が大きく背が高いので毛沢東役がぴったり。
ニクソンと周恩来

江青夫人:夫毛沢東の威光をかりて、自己中心的に権力を揮う、現実でもときどきお目にかかるタイプ。こういうのに権力をもたれるとまわりが不幸。「私はマオの妻」という唄がすごくうけてました。ヒュー・ジャン・リー(Hye Jung Lee)という韓国人ソプラノが歌います。

音楽:ジョン・アダムズ(John Adams)の音楽は劇的な部分や、メランコリーな部分、躁や鬱的部分があってなかなか、さすがと思いました。中国にあやかって言うと、空を飛んでる、まだ細くて透明な子供の「龍」のイメージ。すでに古典的音楽の領域に入っていて、これから曲として未来の各時代を飛びながら、いろいろな解釈を経る中で筋をふくらませていくのだと思います。
ニクソン夫人

一幕目、ニクソンがマオに初めて合い、話が始まるやいなや、ニューヨーク株式市場や中国国債発行の話が出ます。マオが「建国者の後には、金儲け屋」と最初に言ったときだと思うんですけど、オバマの演説を急に思い出して可笑しくなりました。オバマがデトロイトを救うため資金融資を決定をした時、そんなお金を費やしても、日本の自動車工業にこてこてにやられてるアメリカ自動車工業が救えるかという大疑問があったんですね。その危惧を払うため、オバマが「(今どん底の)GMの株を買わない方が不思議だよ」とテレビ演説でアドリブで言ったんですよ。このオペラで、政府支出で生じる余波の大きさを具体的に理解。そこんとこは共産圏も資本主義圏も同じですね。
中国主催のディナーパーティー。赤い服を来てるのがニクソン夫人で、高い台に登って演説するのはニクソン。中央のテーブルでニクソンを見てるのは周恩来

構成:第二幕目が、文化大革命中によく演じられたバレエが演じられるんですが、大事な部分なので、もっと本格的に踊って欲しかったです。サンフランシスコ・バレエが演じればいいと思ったんですけど、夏の巡業公演に行ってて留守だったみたい。

中国との国交を開くという先見の明のあったニクソン、ウオーターゲートのようなスキャンダルをおこし、更迭にあいましたが、このオペラのおかげで、永遠の生命を授かりました。歴史の皮肉ですね。

ニクソン・イン・チャイナの初日の公演のビデオをリンクしておきます。

追記:6月22日にもう一回見たんですけど、周恩来もキッシンジャーもニクソン夫人も、数段上手に歌ってました。オーケストラもバレエも良くなってました。特にニクソンを演じたムリガンは、すばらしく、サイモン・オニールを凌ぐ勢い。カーテンコールではムリガン、砲丸投げでもするように、空に向かってやっと拳をふりあげて、体全体で自己のパフォーマンスに満足の意を表現、私も同感! このパフォーマンスで、アメリカを代表するオペラ歌手になる日は近いと思いました。

周恩来が、一言、「私には絶対言えないことがある」というところがあります。なにも言わないのでわかりませんが、彼の養女は、江青夫人の力を背景に逮捕され、拷問のすえ獄中死をとげています。周恩来が失脚することなく、最後まで政府中央で生き延びられたのは、彼の手腕や深い洞察、生涯を捧げての献身的な努力、建国をまとめていく経験だと思いますが、彼女の凄絶な死の代償ということもあるんじゃないかと思いました。もっとも毛沢東も周恩来も、口で言えない、もっとひどい事をたくさん目撃し、経験してきたとは思いますが... そんなこんなの長い中国革命を考えると、デモクラシーがまだましなのは、権力闘争をめぐって、流血に発展する陰謀がものすごく少なくなる点かなと思ってしまいました。お金が取って代わるでしょうけど。

追々記:観客は、白人のお年寄りの人がいつもより多かったです。「骨接ぎ師の娘」という中国からサンフランシスコへ移民してきた女性三代についてのオペラがプレミアされたとき(これも素晴らしいオペラ、長生きすると思います)、中国人が多かったですが、今回は中国人はあまりいませんでした。中国人にとって文化大革命はあまりに生々しい思い出で、舞台で見られるほど遠い出来事じゃないんだなーと思います。。

ニクソン・イン・チャイナの写真、またはレビューを読みたい方はこちらをクリックしてください。

2012年6月5日火曜日

ロサンジェルス郡立美術館

今年も感謝祭のウィークエンドはロサンジェルスですごしました。

久しぶりにロサンジェルス・カウンティー・ミュージアム(Los Angeles County Museum)へ。
新しい入り口になってるだけでなく、美術館は三倍くらい大きくなってました。

最初に見に行ったのはタール・ピット。
タールの穴というか、池というか。
ここから死滅した動物の骨なんかが、今でも、採集されてるようです。
以前は柵なんかで囲ってなくて、すぐアクセスできたんですが、今は誘導するための遊歩道を辿っていくようになってました。でもブクッ、ブクッていうタールの泡は変わらず。

恐竜時代からあったタール・ピットをひとしきり眺めてから、旧館の展示物を見に行きました。

サンフランシスコ近代美術館よりもどてかいカウンティー・ミュージアム。一つ一つの作品も、3倍くらい大きい。
写真:人間が体にペンキを塗っているビデオに、模様のビデオをオーバラップされたもの。フランセスカ・ウッドマンの影響があったのかも。けっこう面白い展示物。