2012年7月5日木曜日
2012年7月2日月曜日
サンフランシスコ・オペラの英語版「魔笛」
2012年、夏のサンフランシスコ・オペラの第三弾は、英語版「魔笛」。
英語版なんて大丈夫かなと思ったんですけど、聞きやすーい! せりふの全部が全部、わかるわけじゃないんですが、字幕を見なくていいのって楽。イタリア人やドイツ人は、こんな感じで聞いてるのか!
聞きやすい一方、モーツアルトっていうか、あの頃の貴族って女性蔑視というか、そうしたい欲望で満ちあふれてるというか、「女はこれこれこうだから、まともに聞いちゃいけない」風の歌詞が、あちこちに散りばめられてるのに気づかぜるを得ず、ちょっと不快。コンテクストが違うのでまともに今風に受け止めるべきではありませんが、子供が多かったんで影響悪いという感じ。お客さんもざわざわしたり、困った風、あきれ風の笑ったりでした。
ハイディ・ストーバ(Heidi Stober)がパミーナ、彼女、一息の声のボリュームをどんどん上げてゆくのが特に上手(アンジェラ・ゲオルギューにはかないませんけど)、テクニシャンなんですね。今までの彼女のパフォーマンスの中では一番上手にやってました。
夜の女王をやったのはアルビナ・シャギムラトーバ(Albina Shaginuratova)という人だったんですけど、数年前の夜の女王様よりはよかったです。
鳥猟師、パパジーナをやったのはいつもどおりネイサン・ガン(Nathan Gunn)。彼、英語で歌う方が上手。せりふには今風のジョークも入ってて、卵の世話もする「持続狩猟」師だなんて自己紹介し、お客さんの笑いを誘ってました。 鳥猟師のパパジーナ。
三人の侍女が良かったです。英語のせいなので言ってる事が分かりやすいせいなのかも。また「アッティラ」の時も思ったんですけど、舞台の前面は余裕があるんですが、絶対に歌い手が出てこない場所があります。下はオーケストラ・ピットがあって、もし舞台から落ちたら危険だからでしょうが、アッティラの時もニクソン・イン・チャイナでも、今シーズンは、出演者が今まで足を踏み入れなかった前面まで出てきて歌ってる事。ディレクターの指示に間違いありません。聞きやすい事は確かですが、ちょっと疑問印。
サラステロは私の好きなクリスティン・シグモンドソン(Kristinn Sigmundsson)。彼はスイス人なんですが、英語でも上手に歌ってました。
真ん中のカラフルな、歌舞伎役者のような衣装を来ているのがサラステロ。不思議な国のアリス風のブルーのドレスがパミーナ。一幕と三幕でこの衣装を着用。
パミーナの二幕目の衣装。一幕目ではロイヤルブルーに黒白横縞だったんですが、二幕目では黒白渦巻き縞。三段の段々スカートで、前の部分だけ、開いた扇形に渦巻きがついてます。 ドレスの全部が見られなくて残念! ハイディのパミーナとアレック・シャレイダー(Alek Shrader)のタミーノ。
真っ赤な夜の女王様の衣装、特に帽子はエレクトニクス時代にぴったり! すごく気に入りました。
今回の魔笛は子供の観客が多く、子供の笑い声があちこちで。動物が受けてて、特にパパジーノとパパゲーナが歌ってるときに出てくる鳥の子供が、みんなの喝采を浴びてました。 7月10日追記:今回の魔笛のビデオクリップがあるのでリンクしておきます。 新聞のレビューと写真はこちら。写真は16枚もあります。
英語版なんて大丈夫かなと思ったんですけど、聞きやすーい! せりふの全部が全部、わかるわけじゃないんですが、字幕を見なくていいのって楽。イタリア人やドイツ人は、こんな感じで聞いてるのか!
聞きやすい一方、モーツアルトっていうか、あの頃の貴族って女性蔑視というか、そうしたい欲望で満ちあふれてるというか、「女はこれこれこうだから、まともに聞いちゃいけない」風の歌詞が、あちこちに散りばめられてるのに気づかぜるを得ず、ちょっと不快。コンテクストが違うのでまともに今風に受け止めるべきではありませんが、子供が多かったんで影響悪いという感じ。お客さんもざわざわしたり、困った風、あきれ風の笑ったりでした。
ハイディ・ストーバ(Heidi Stober)がパミーナ、彼女、一息の声のボリュームをどんどん上げてゆくのが特に上手(アンジェラ・ゲオルギューにはかないませんけど)、テクニシャンなんですね。今までの彼女のパフォーマンスの中では一番上手にやってました。
夜の女王をやったのはアルビナ・シャギムラトーバ(Albina Shaginuratova)という人だったんですけど、数年前の夜の女王様よりはよかったです。
鳥猟師、パパジーナをやったのはいつもどおりネイサン・ガン(Nathan Gunn)。彼、英語で歌う方が上手。せりふには今風のジョークも入ってて、卵の世話もする「持続狩猟」師だなんて自己紹介し、お客さんの笑いを誘ってました。 鳥猟師のパパジーナ。
三人の侍女が良かったです。英語のせいなので言ってる事が分かりやすいせいなのかも。また「アッティラ」の時も思ったんですけど、舞台の前面は余裕があるんですが、絶対に歌い手が出てこない場所があります。下はオーケストラ・ピットがあって、もし舞台から落ちたら危険だからでしょうが、アッティラの時もニクソン・イン・チャイナでも、今シーズンは、出演者が今まで足を踏み入れなかった前面まで出てきて歌ってる事。ディレクターの指示に間違いありません。聞きやすい事は確かですが、ちょっと疑問印。
サラステロは私の好きなクリスティン・シグモンドソン(Kristinn Sigmundsson)。彼はスイス人なんですが、英語でも上手に歌ってました。
真ん中のカラフルな、歌舞伎役者のような衣装を来ているのがサラステロ。不思議な国のアリス風のブルーのドレスがパミーナ。一幕と三幕でこの衣装を着用。
パミーナの二幕目の衣装。一幕目ではロイヤルブルーに黒白横縞だったんですが、二幕目では黒白渦巻き縞。三段の段々スカートで、前の部分だけ、開いた扇形に渦巻きがついてます。 ドレスの全部が見られなくて残念! ハイディのパミーナとアレック・シャレイダー(Alek Shrader)のタミーノ。
真っ赤な夜の女王様の衣装、特に帽子はエレクトニクス時代にぴったり! すごく気に入りました。
今回の魔笛は子供の観客が多く、子供の笑い声があちこちで。動物が受けてて、特にパパジーノとパパゲーナが歌ってるときに出てくる鳥の子供が、みんなの喝采を浴びてました。 7月10日追記:今回の魔笛のビデオクリップがあるのでリンクしておきます。 新聞のレビューと写真はこちら。写真は16枚もあります。
2012年7月1日日曜日
サンフランシスコ・オペラのグランドオペラ、「アッティラ」
2012年、夏のサンフランシスコ・オペラの第二弾はヴェルディの「アッティラ」。
お話: フンの国王、アッティラが、ローマ遠征にのぞみますが、捕虜にしたアマゾンのような女性軍団隊長のオダベラの意気が気に入り、自由だけでなく、自分の剣まであたえます。オダベラは野蛮人であるはずのアッティラの見かけとは違う寛容さに心をひかれるんですが、婚礼の夜、父王のかたきであるアッティラを刺殺、仇をとるというお話。
オダベラの他、ローマ王の使者である将軍、エジオと、アッティラの信頼の深い奴隷(昔は征服すると負けた側を奴隷にしたんです。労働者不足だったんですね。)のウルディオと、オダベラの婚約者、フォレスト、がメインキャラクター。2人とも道理あるアッティラにひかれ尊敬しますが、それそれ個人の思惑でアッティラを裏切ります。
エジオの場合: 「ローマ王といってもたかが子供、そんな子供がアッティラと和平交渉を結んだからすぐにローマへ帰れとはなんだ。ローマ王が一番恐れているのはアッティラでなく、武勇で名高いこの私。私はアッティラを討つ!」 というわけで、アッティラが主催する和平協定記念のディナーパーティーで、ウルディオを巻き込んで、アッティラを毒殺する計画を立てます。 写真はイタリア人バスのフェルシオ・ファラネット(Ferruccio Furlanetto)が演じるアッティラと、バリトンのクゥイン・ケルシー(Quinn Kelsey)が演じるエジオで二重唱。
オダベラの場合: 父の仇をとらねばと思いながら、「あのお酒を飲んだらアッティラは死んでしまう!」と、アッティラの手から毒入りの杯を叩き落とします。アッティラは彼女にご褒美として、自分のワイフ、王妃にしようとします。しかし父の仇をとらねば裏切り者になってしまうと、婚礼の夜にアッティラを刺殺。
フォレスト:オダベラを愛するフォレストは、オダベラがアッティラと話してるのを見て猛烈にジェラシー。「愛」という名のもと、オダベラに、「敵方の王と親しく話をするなんて、お前は裏切り者だ!」と決めつけ、最後までプレッシャー。攻めに出る直前に「こんなときに嫉妬してる場合じゃない」とエジオにたしなめられるほど。
アッティラは、「お前達3人は、ローマとの和平交渉が成立しても、まだ裏でこそこそと策略をねってるのか!」を最後の言葉に、オダベラの刃に倒れます。
久々のグランド・オペラ。コーラスの人たち全員とエキストラで舞台はいっぱい。コーラスが入るとオペラに厚みが出て本当に豪華。キリスト教臭いオペラはあまりにプロパガンダすぎて好きじゃないですが、のりとブリーチが効いてそうな白い法衣がライトを浴びてパーッと浮かび上がりサンサンと映えるとスペクタクル! キリスト教徒だと神々しく感じて、思わず十字をきるなんてことがあるんじゃないかと思います。もっともアッティラが支配してたのは5世紀、こんな真っ白な衣装はあり得なかったでしょう。
上のスナップショットで右端の法皇役を演じてるのはサミュエル・ラメイ(Samuel Ramey)。1991年、サンフランシスコ・オペラが同じアッティラを上演したとき、アッティラ役をやったのは彼でした。それを含めてサミュエル・ラメイを何度が聞いたことありますが、ワールドクラスのバスバリトン。現在70才ですが、さすが声は昔のまま。
オダベラを演じたのはベネズエラ人ソプラノのルクレシア・ガルシア(Lucrecia Garcia)。アニタ・ラチベリシビリに似てる、私の好きなタイプの声で、会場を圧倒。目がくりくりと大きく、ポケモンの可愛いキャラクターみたい、それが「胸にさらしをまいて戦う」と、大きな剣を空に振り上げてキッとにらむとなんか可笑しくて、会場に笑い声。もちっと痩せると前か後ろかがよくわかるようになると思うんですけど。2012年夏シーズンで最大のゴージャスな声をしたソプラノでした。
フォレストを演じたのはメキシコ人テナーのディエゴ・トルレ(Diego Torre)。よかったですけど、歌の最後、もうちょっと声をのばして聴衆を詠嘆させて欲しいというその手前で終わっちゃうんで、残念。
たまにはグランド・オペラもいいもんです。ここに初日の公演のビデオをつけておきます。 新聞の写真とレビューを見たい人はこちらへ
お話: フンの国王、アッティラが、ローマ遠征にのぞみますが、捕虜にしたアマゾンのような女性軍団隊長のオダベラの意気が気に入り、自由だけでなく、自分の剣まであたえます。オダベラは野蛮人であるはずのアッティラの見かけとは違う寛容さに心をひかれるんですが、婚礼の夜、父王のかたきであるアッティラを刺殺、仇をとるというお話。
オダベラの他、ローマ王の使者である将軍、エジオと、アッティラの信頼の深い奴隷(昔は征服すると負けた側を奴隷にしたんです。労働者不足だったんですね。)のウルディオと、オダベラの婚約者、フォレスト、がメインキャラクター。2人とも道理あるアッティラにひかれ尊敬しますが、それそれ個人の思惑でアッティラを裏切ります。
エジオの場合: 「ローマ王といってもたかが子供、そんな子供がアッティラと和平交渉を結んだからすぐにローマへ帰れとはなんだ。ローマ王が一番恐れているのはアッティラでなく、武勇で名高いこの私。私はアッティラを討つ!」 というわけで、アッティラが主催する和平協定記念のディナーパーティーで、ウルディオを巻き込んで、アッティラを毒殺する計画を立てます。 写真はイタリア人バスのフェルシオ・ファラネット(Ferruccio Furlanetto)が演じるアッティラと、バリトンのクゥイン・ケルシー(Quinn Kelsey)が演じるエジオで二重唱。
オダベラの場合: 父の仇をとらねばと思いながら、「あのお酒を飲んだらアッティラは死んでしまう!」と、アッティラの手から毒入りの杯を叩き落とします。アッティラは彼女にご褒美として、自分のワイフ、王妃にしようとします。しかし父の仇をとらねば裏切り者になってしまうと、婚礼の夜にアッティラを刺殺。
フォレスト:オダベラを愛するフォレストは、オダベラがアッティラと話してるのを見て猛烈にジェラシー。「愛」という名のもと、オダベラに、「敵方の王と親しく話をするなんて、お前は裏切り者だ!」と決めつけ、最後までプレッシャー。攻めに出る直前に「こんなときに嫉妬してる場合じゃない」とエジオにたしなめられるほど。
アッティラは、「お前達3人は、ローマとの和平交渉が成立しても、まだ裏でこそこそと策略をねってるのか!」を最後の言葉に、オダベラの刃に倒れます。
久々のグランド・オペラ。コーラスの人たち全員とエキストラで舞台はいっぱい。コーラスが入るとオペラに厚みが出て本当に豪華。キリスト教臭いオペラはあまりにプロパガンダすぎて好きじゃないですが、のりとブリーチが効いてそうな白い法衣がライトを浴びてパーッと浮かび上がりサンサンと映えるとスペクタクル! キリスト教徒だと神々しく感じて、思わず十字をきるなんてことがあるんじゃないかと思います。もっともアッティラが支配してたのは5世紀、こんな真っ白な衣装はあり得なかったでしょう。
上のスナップショットで右端の法皇役を演じてるのはサミュエル・ラメイ(Samuel Ramey)。1991年、サンフランシスコ・オペラが同じアッティラを上演したとき、アッティラ役をやったのは彼でした。それを含めてサミュエル・ラメイを何度が聞いたことありますが、ワールドクラスのバスバリトン。現在70才ですが、さすが声は昔のまま。
オダベラを演じたのはベネズエラ人ソプラノのルクレシア・ガルシア(Lucrecia Garcia)。アニタ・ラチベリシビリに似てる、私の好きなタイプの声で、会場を圧倒。目がくりくりと大きく、ポケモンの可愛いキャラクターみたい、それが「胸にさらしをまいて戦う」と、大きな剣を空に振り上げてキッとにらむとなんか可笑しくて、会場に笑い声。もちっと痩せると前か後ろかがよくわかるようになると思うんですけど。2012年夏シーズンで最大のゴージャスな声をしたソプラノでした。
フォレストを演じたのはメキシコ人テナーのディエゴ・トルレ(Diego Torre)。よかったですけど、歌の最後、もうちょっと声をのばして聴衆を詠嘆させて欲しいというその手前で終わっちゃうんで、残念。
たまにはグランド・オペラもいいもんです。ここに初日の公演のビデオをつけておきます。 新聞の写真とレビューを見たい人はこちらへ
2012年6月21日木曜日
ジョン・アダムズのオペラ、「ニクソン・イン・チャイナ」
2012年サンフランシスコ・オペラ、夏のシリーズは、「中国のニクソン (Nixon in China)」で幕開け。
現在のアメリカと中国の関係を考えると、ニクソンの中国訪問はクラっとするくらい遠い昔の出来事のような気がしますが、オペラの内容はすごく今的、筋の組み立て、構成もうまくできてて面白かったです。
キャラクターの造り方が上手。
ニクソン:飛行機のタラップを降りてくると、「この瞬間を世界が実況中継で見てる、あそこにいるのは周恩来、周恩来と握手するなんて! 自分は歴史を作ってる! 世界が自分を見てる!」 幕開けと同時にニクソンのキャラクターをばっちり設定。ブライアン・ムリガン(Brian Mulligan)が演じます。
ニクソン夫人:2幕目に彼女の歌うアリアがあるんですが、「私は貧しい家に生まれた、だから毎日をクリスマスのようにすごすの...」「(今はこうして世界を巡ったり、世界のトップの人たちと挨拶したりしているけど)、運ほどあてにならないものはない、人の運命は生まれた時から定まってるのね。」
当時中国の誇りの、ガラス細工をつくる近代的工場でガラスの象をもらい、「これはものすごく珍しいものなんでしょ?」と尋ねると、「この工場ではこのようなガラスの象を一日数百個作ってます。」ここで場内に笑い声。ユーモアもあるオペラです。
赤い中国とアメリカって、農民が中国共産党のトップになったり、庶民の子供がハイテク会社の社長になって大統領から招待されたり等、個人の階級移動性という点で似たところがあるのが愉快。どちらも革命を経験してるのが共通点。
ニクソン・イン・チャイナというタイトルなので、ニクソン大統領についての話と思いがちですが、2幕目ほとんどを、ニクソン夫人の動向と心の動きに費やしてるのもこのオペラの現代性、またアダムズやアリス・グッドマン(リベレット)やピーター・セラーズ(ディレクター)のジェンダー感が垣間見えて面白い部分。マリア・カノーバというロシア人ソプラノ(Maria Kanyova)が歌います。
毛沢東:いつも秘書のような女性が数人ついていて、痒いところにいつでも手が届くようになってます。男の望む物はイデオロギーには関係無しというポイントをうまくついてます。
老いてるとはいえ観察眼はなかなか鋭く、「建国者の次には、金儲け屋(が出てくる)。」この台詞が数度出てきます。アメリカも中国も同じってことですね。
周恩来に毎日のことはまかせ、将来を憂える老人マオですが、共産中国をつくってひっぱてきたのはすごいな〜と思ってしました。中国が本当にひどい状態だったんでしょうけど。サイモン・オニール(Simon O'Neill)というテナーが演じるんですが、体が大きく背が高いので毛沢東役がぴったり。
ニクソンと周恩来
江青夫人:夫毛沢東の威光をかりて、自己中心的に権力を揮う、現実でもときどきお目にかかるタイプ。こういうのに権力をもたれるとまわりが不幸。「私はマオの妻」という唄がすごくうけてました。ヒュー・ジャン・リー(Hye Jung Lee)という韓国人ソプラノが歌います。
音楽:ジョン・アダムズ(John Adams)の音楽は劇的な部分や、メランコリーな部分、躁や鬱的部分があってなかなか、さすがと思いました。中国にあやかって言うと、空を飛んでる、まだ細くて透明な子供の「龍」のイメージ。すでに古典的音楽の領域に入っていて、これから曲として未来の各時代を飛びながら、いろいろな解釈を経る中で筋をふくらませていくのだと思います。
ニクソン夫人
一幕目、ニクソンがマオに初めて合い、話が始まるやいなや、ニューヨーク株式市場や中国国債発行の話が出ます。マオが「建国者の後には、金儲け屋」と最初に言ったときだと思うんですけど、オバマの演説を急に思い出して可笑しくなりました。オバマがデトロイトを救うため資金融資を決定をした時、そんなお金を費やしても、日本の自動車工業にこてこてにやられてるアメリカ自動車工業が救えるかという大疑問があったんですね。その危惧を払うため、オバマが「(今どん底の)GMの株を買わない方が不思議だよ」とテレビ演説でアドリブで言ったんですよ。このオペラで、政府支出で生じる余波の大きさを具体的に理解。そこんとこは共産圏も資本主義圏も同じですね。
中国主催のディナーパーティー。赤い服を来てるのがニクソン夫人で、高い台に登って演説するのはニクソン。中央のテーブルでニクソンを見てるのは周恩来
構成:第二幕目が、文化大革命中によく演じられたバレエが演じられるんですが、大事な部分なので、もっと本格的に踊って欲しかったです。サンフランシスコ・バレエが演じればいいと思ったんですけど、夏の巡業公演に行ってて留守だったみたい。
中国との国交を開くという先見の明のあったニクソン、ウオーターゲートのようなスキャンダルをおこし、更迭にあいましたが、このオペラのおかげで、永遠の生命を授かりました。歴史の皮肉ですね。
ニクソン・イン・チャイナの初日の公演のビデオをリンクしておきます。
追記:6月22日にもう一回見たんですけど、周恩来もキッシンジャーもニクソン夫人も、数段上手に歌ってました。オーケストラもバレエも良くなってました。特にニクソンを演じたムリガンは、すばらしく、サイモン・オニールを凌ぐ勢い。カーテンコールではムリガン、砲丸投げでもするように、空に向かってやっと拳をふりあげて、体全体で自己のパフォーマンスに満足の意を表現、私も同感! このパフォーマンスで、アメリカを代表するオペラ歌手になる日は近いと思いました。
周恩来が、一言、「私には絶対言えないことがある」というところがあります。なにも言わないのでわかりませんが、彼の養女は、江青夫人の力を背景に逮捕され、拷問のすえ獄中死をとげています。周恩来が失脚することなく、最後まで政府中央で生き延びられたのは、彼の手腕や深い洞察、生涯を捧げての献身的な努力、建国をまとめていく経験だと思いますが、彼女の凄絶な死の代償ということもあるんじゃないかと思いました。もっとも毛沢東も周恩来も、口で言えない、もっとひどい事をたくさん目撃し、経験してきたとは思いますが... そんなこんなの長い中国革命を考えると、デモクラシーがまだましなのは、権力闘争をめぐって、流血に発展する陰謀がものすごく少なくなる点かなと思ってしまいました。お金が取って代わるでしょうけど。
追々記:観客は、白人のお年寄りの人がいつもより多かったです。「骨接ぎ師の娘」という中国からサンフランシスコへ移民してきた女性三代についてのオペラがプレミアされたとき(これも素晴らしいオペラ、長生きすると思います)、中国人が多かったですが、今回は中国人はあまりいませんでした。中国人にとって文化大革命はあまりに生々しい思い出で、舞台で見られるほど遠い出来事じゃないんだなーと思います。。
ニクソン・イン・チャイナの写真、またはレビューを読みたい方はこちらをクリックしてください。
現在のアメリカと中国の関係を考えると、ニクソンの中国訪問はクラっとするくらい遠い昔の出来事のような気がしますが、オペラの内容はすごく今的、筋の組み立て、構成もうまくできてて面白かったです。
キャラクターの造り方が上手。
ニクソン:飛行機のタラップを降りてくると、「この瞬間を世界が実況中継で見てる、あそこにいるのは周恩来、周恩来と握手するなんて! 自分は歴史を作ってる! 世界が自分を見てる!」 幕開けと同時にニクソンのキャラクターをばっちり設定。ブライアン・ムリガン(Brian Mulligan)が演じます。
ニクソン夫人:2幕目に彼女の歌うアリアがあるんですが、「私は貧しい家に生まれた、だから毎日をクリスマスのようにすごすの...」「(今はこうして世界を巡ったり、世界のトップの人たちと挨拶したりしているけど)、運ほどあてにならないものはない、人の運命は生まれた時から定まってるのね。」
当時中国の誇りの、ガラス細工をつくる近代的工場でガラスの象をもらい、「これはものすごく珍しいものなんでしょ?」と尋ねると、「この工場ではこのようなガラスの象を一日数百個作ってます。」ここで場内に笑い声。ユーモアもあるオペラです。
赤い中国とアメリカって、農民が中国共産党のトップになったり、庶民の子供がハイテク会社の社長になって大統領から招待されたり等、個人の階級移動性という点で似たところがあるのが愉快。どちらも革命を経験してるのが共通点。
ニクソン・イン・チャイナというタイトルなので、ニクソン大統領についての話と思いがちですが、2幕目ほとんどを、ニクソン夫人の動向と心の動きに費やしてるのもこのオペラの現代性、またアダムズやアリス・グッドマン(リベレット)やピーター・セラーズ(ディレクター)のジェンダー感が垣間見えて面白い部分。マリア・カノーバというロシア人ソプラノ(Maria Kanyova)が歌います。
毛沢東:いつも秘書のような女性が数人ついていて、痒いところにいつでも手が届くようになってます。男の望む物はイデオロギーには関係無しというポイントをうまくついてます。
老いてるとはいえ観察眼はなかなか鋭く、「建国者の次には、金儲け屋(が出てくる)。」この台詞が数度出てきます。アメリカも中国も同じってことですね。
周恩来に毎日のことはまかせ、将来を憂える老人マオですが、共産中国をつくってひっぱてきたのはすごいな〜と思ってしました。中国が本当にひどい状態だったんでしょうけど。サイモン・オニール(Simon O'Neill)というテナーが演じるんですが、体が大きく背が高いので毛沢東役がぴったり。
ニクソンと周恩来江青夫人:夫毛沢東の威光をかりて、自己中心的に権力を揮う、現実でもときどきお目にかかるタイプ。こういうのに権力をもたれるとまわりが不幸。「私はマオの妻」という唄がすごくうけてました。ヒュー・ジャン・リー(Hye Jung Lee)という韓国人ソプラノが歌います。
音楽:ジョン・アダムズ(John Adams)の音楽は劇的な部分や、メランコリーな部分、躁や鬱的部分があってなかなか、さすがと思いました。中国にあやかって言うと、空を飛んでる、まだ細くて透明な子供の「龍」のイメージ。すでに古典的音楽の領域に入っていて、これから曲として未来の各時代を飛びながら、いろいろな解釈を経る中で筋をふくらませていくのだと思います。
ニクソン夫人一幕目、ニクソンがマオに初めて合い、話が始まるやいなや、ニューヨーク株式市場や中国国債発行の話が出ます。マオが「建国者の後には、金儲け屋」と最初に言ったときだと思うんですけど、オバマの演説を急に思い出して可笑しくなりました。オバマがデトロイトを救うため資金融資を決定をした時、そんなお金を費やしても、日本の自動車工業にこてこてにやられてるアメリカ自動車工業が救えるかという大疑問があったんですね。その危惧を払うため、オバマが「(今どん底の)GMの株を買わない方が不思議だよ」とテレビ演説でアドリブで言ったんですよ。このオペラで、政府支出で生じる余波の大きさを具体的に理解。そこんとこは共産圏も資本主義圏も同じですね。
中国主催のディナーパーティー。赤い服を来てるのがニクソン夫人で、高い台に登って演説するのはニクソン。中央のテーブルでニクソンを見てるのは周恩来構成:第二幕目が、文化大革命中によく演じられたバレエが演じられるんですが、大事な部分なので、もっと本格的に踊って欲しかったです。サンフランシスコ・バレエが演じればいいと思ったんですけど、夏の巡業公演に行ってて留守だったみたい。
中国との国交を開くという先見の明のあったニクソン、ウオーターゲートのようなスキャンダルをおこし、更迭にあいましたが、このオペラのおかげで、永遠の生命を授かりました。歴史の皮肉ですね。
ニクソン・イン・チャイナの初日の公演のビデオをリンクしておきます。
追記:6月22日にもう一回見たんですけど、周恩来もキッシンジャーもニクソン夫人も、数段上手に歌ってました。オーケストラもバレエも良くなってました。特にニクソンを演じたムリガンは、すばらしく、サイモン・オニールを凌ぐ勢い。カーテンコールではムリガン、砲丸投げでもするように、空に向かってやっと拳をふりあげて、体全体で自己のパフォーマンスに満足の意を表現、私も同感! このパフォーマンスで、アメリカを代表するオペラ歌手になる日は近いと思いました。
周恩来が、一言、「私には絶対言えないことがある」というところがあります。なにも言わないのでわかりませんが、彼の養女は、江青夫人の力を背景に逮捕され、拷問のすえ獄中死をとげています。周恩来が失脚することなく、最後まで政府中央で生き延びられたのは、彼の手腕や深い洞察、生涯を捧げての献身的な努力、建国をまとめていく経験だと思いますが、彼女の凄絶な死の代償ということもあるんじゃないかと思いました。もっとも毛沢東も周恩来も、口で言えない、もっとひどい事をたくさん目撃し、経験してきたとは思いますが... そんなこんなの長い中国革命を考えると、デモクラシーがまだましなのは、権力闘争をめぐって、流血に発展する陰謀がものすごく少なくなる点かなと思ってしまいました。お金が取って代わるでしょうけど。
追々記:観客は、白人のお年寄りの人がいつもより多かったです。「骨接ぎ師の娘」という中国からサンフランシスコへ移民してきた女性三代についてのオペラがプレミアされたとき(これも素晴らしいオペラ、長生きすると思います)、中国人が多かったですが、今回は中国人はあまりいませんでした。中国人にとって文化大革命はあまりに生々しい思い出で、舞台で見られるほど遠い出来事じゃないんだなーと思います。。
ニクソン・イン・チャイナの写真、またはレビューを読みたい方はこちらをクリックしてください。
2012年6月5日火曜日
ロサンジェルス郡立美術館
今年も感謝祭のウィークエンドはロサンジェルスですごしました。
久しぶりにロサンジェルス・カウンティー・ミュージアム(Los Angeles County Museum)へ。
新しい入り口になってるだけでなく、美術館は三倍くらい大きくなってました。
最初に見に行ったのはタール・ピット。
タールの穴というか、池というか。
ここから死滅した動物の骨なんかが、今でも、採集されてるようです。
以前は柵なんかで囲ってなくて、すぐアクセスできたんですが、今は誘導するための遊歩道を辿っていくようになってました。でもブクッ、ブクッていうタールの泡は変わらず。
恐竜時代からあったタール・ピットをひとしきり眺めてから、旧館の展示物を見に行きました。
サンフランシスコ近代美術館よりもどてかいカウンティー・ミュージアム。一つ一つの作品も、3倍くらい大きい。
写真:人間が体にペンキを塗っているビデオに、模様のビデオをオーバラップされたもの。フランセスカ・ウッドマンの影響があったのかも。けっこう面白い展示物。
久しぶりにロサンジェルス・カウンティー・ミュージアム(Los Angeles County Museum)へ。
新しい入り口になってるだけでなく、美術館は三倍くらい大きくなってました。
最初に見に行ったのはタール・ピット。
タールの穴というか、池というか。
ここから死滅した動物の骨なんかが、今でも、採集されてるようです。
以前は柵なんかで囲ってなくて、すぐアクセスできたんですが、今は誘導するための遊歩道を辿っていくようになってました。でもブクッ、ブクッていうタールの泡は変わらず。
恐竜時代からあったタール・ピットをひとしきり眺めてから、旧館の展示物を見に行きました。
サンフランシスコ近代美術館よりもどてかいカウンティー・ミュージアム。一つ一つの作品も、3倍くらい大きい。
写真:人間が体にペンキを塗っているビデオに、模様のビデオをオーバラップされたもの。フランセスカ・ウッドマンの影響があったのかも。けっこう面白い展示物。
2012年5月29日火曜日
オレゴン州の洞窟、オレゴン・ケーブス・ナショナル・モニュメントへ その2
書き忘れちゃったんですけど、雪で覆われたマウント・シェスタがハイウェイ5から見えるんですが、形がよいので、ものすごくきれい。マウント・シェスタは、木を切り尽くした山肌が見える夏よりか、雪で隠れてしまうの冬の方がきれい。
ハイウェイ5で、初めて姿を見せたマウント・シェスタの美姿をカメラに納めます。
ハイウェイ5は、マウント・シェスタが見えるあたりから、独特で雄大な景色を見せ始めます。シェスタを通りすぎるとハイウェイは高度が果てしなく下がりつづけ、いつのまにか、まだ春は遠いなだらかな、えんえんと続く牧草地(多分、販売用牧草)に入ります。その規模と荒涼さは異様、芭蕉がこれをみたらどんな俳句を作ったかとか思ってしまいます。ヤレカはそんな放牧地帯に囲まれた陸の島の町。
ヤレカを朝10時頃出発して、オレゴン・ケーブスへ。
ハイウェイ5を離れてハイウェイ199にはいると、すぐに大きな市、グランツパス(Grants Pass)突っ切ります。そこでちょっと買い物したんですが、レシートを見ると消費税がついてなーい。物の値段はカリフォルニアと同じなんですが、消費税がつかない分、つまり8.75%、安くなってます。
ケーブス・ジャンクションから本当の山道、残雪がまだあちこちに残っているオレゴン・ケーブス・ナショナル・モニュメントについたのは午後3時で、3時半の洞窟ツァーに運良く間に合いました。ガイドをつとめる地質学専攻のレインジャーのおじさんを含めて全部で14人が集合。このおじさん、横浜に住んでたことがあって、日本語がわかります。
洞窟の入り口。ツァーは約一時間半で、約全長2キロ。
子供や心臓の悪い人、階段の上り下りに無理のある人、最近ヨーロッパの洞窟へ入った人は入場お断り。ヨーロッパの洞窟に住むこうもりに、鼻のあたまが白くなる病気がはやっていて、それがオレゴンケーブスのこうもりにひろがるのを防ぐため。 天井から下がっているつらら状の鍾乳石。アメリカで販売している、クリスマス用のガラスのつららぐらいの大きさで、10センチくらい。細いです。
レンジャーがツァーに必要な場所だけ、手で電気のスイッチをいれてる模様。洞窟に住んでいるコウモリを保護するためで、もしコウモリがとんできたら、電気を消すという説明が、ツァーの始めにありました。
洞窟内に流れの速い小川が流れてます。
見事なバナナ状鍾乳石。一つの房が一抱えはゆうにある感じ。
まるで暗黒の舞踏会場の大シャンデリアのように天井から、円錐状の壁をつたってつらなるバナナ状鍾乳石。
ちょっと気になったのは洞窟のまわりの森。ナショナル・モニュメントなので保護されてるためか、過去数十年、山火事が起こった事がないようす。木がかなり年老いてるわりに若い木が少なく、枯れ枝が地面に溜まりに溜まった感じ。いったん火災になったらめらめらでしょう。
その晩は、クレッセント・シティに宿泊することにしたので、ハイウェイ199を太平洋側へ向かいました。
ハイウェイ5で、初めて姿を見せたマウント・シェスタの美姿をカメラに納めます。
ハイウェイ5は、マウント・シェスタが見えるあたりから、独特で雄大な景色を見せ始めます。シェスタを通りすぎるとハイウェイは高度が果てしなく下がりつづけ、いつのまにか、まだ春は遠いなだらかな、えんえんと続く牧草地(多分、販売用牧草)に入ります。その規模と荒涼さは異様、芭蕉がこれをみたらどんな俳句を作ったかとか思ってしまいます。ヤレカはそんな放牧地帯に囲まれた陸の島の町。
ヤレカを朝10時頃出発して、オレゴン・ケーブスへ。
ハイウェイ5を離れてハイウェイ199にはいると、すぐに大きな市、グランツパス(Grants Pass)突っ切ります。そこでちょっと買い物したんですが、レシートを見ると消費税がついてなーい。物の値段はカリフォルニアと同じなんですが、消費税がつかない分、つまり8.75%、安くなってます。
ケーブス・ジャンクションから本当の山道、残雪がまだあちこちに残っているオレゴン・ケーブス・ナショナル・モニュメントについたのは午後3時で、3時半の洞窟ツァーに運良く間に合いました。ガイドをつとめる地質学専攻のレインジャーのおじさんを含めて全部で14人が集合。このおじさん、横浜に住んでたことがあって、日本語がわかります。
洞窟の入り口。ツァーは約一時間半で、約全長2キロ。
子供や心臓の悪い人、階段の上り下りに無理のある人、最近ヨーロッパの洞窟へ入った人は入場お断り。ヨーロッパの洞窟に住むこうもりに、鼻のあたまが白くなる病気がはやっていて、それがオレゴンケーブスのこうもりにひろがるのを防ぐため。 天井から下がっているつらら状の鍾乳石。アメリカで販売している、クリスマス用のガラスのつららぐらいの大きさで、10センチくらい。細いです。
レンジャーがツァーに必要な場所だけ、手で電気のスイッチをいれてる模様。洞窟に住んでいるコウモリを保護するためで、もしコウモリがとんできたら、電気を消すという説明が、ツァーの始めにありました。
洞窟内に流れの速い小川が流れてます。
見事なバナナ状鍾乳石。一つの房が一抱えはゆうにある感じ。
まるで暗黒の舞踏会場の大シャンデリアのように天井から、円錐状の壁をつたってつらなるバナナ状鍾乳石。
ちょっと気になったのは洞窟のまわりの森。ナショナル・モニュメントなので保護されてるためか、過去数十年、山火事が起こった事がないようす。木がかなり年老いてるわりに若い木が少なく、枯れ枝が地面に溜まりに溜まった感じ。いったん火災になったらめらめらでしょう。
その晩は、クレッセント・シティに宿泊することにしたので、ハイウェイ199を太平洋側へ向かいました。
2012年5月25日金曜日
KALWがカリフォルニア・ワイン、チャールズ・ショーをラジオで紹介
サンフランシスコ・ベイ・エリアのラジオ局にKALW(91・7FM)という、聴衆の寄付金でまかなっている公共放送があって、私の一番好きな放送局なんですが、先日、カリフォルニアワイン、「チャールズ・ショー(Charles Shaw)」を紹介。わたしもチャールズ・ショーについて前に書いた事あるんですが、ラジオ局の放送内容をちょっと書いておきます。
年間売り上げが550万本から600万本! 発売以来10年間、一本1ドル99セントのこのワイン、「ツー・バックス・チャック(Two-bucks Chuck)」というあだ名で親しまれているんですが、「バック」っていうのは「ドル」のこと。だから2ドルのチャックという愛称。
サンフランシスコの郊外にモデスト(Modesto)という市があるんですが、そのそばのセレス(Ceres)という町に本社があるブロンコ・ワイン・カンパニー(Bronco Wine Co.)が販売元。他に90種のワインのブランドを持ってて、そのほとんどを10ドル以下で販売しているとのこと。
チャールズ・ショーが生まれた理由は、その年、たまたまブドウが大豊作だったため。他のブドウ園のオーナーと相談し、2ドルワインを売ろうというアイデアが生まれたそうな。さらにブロンコの社長のフレッド・フランツィアさん(Fred Franzia)は、「誰もワインに10ドル以上払うべきではなーい!」という強い信念の持ち主。ブロンコは、カリフォルニアのサン・ワキン・バレー(San Joaquin Valley)に4万エイカーのブドウ園をもっていているというのも、フレッドさんの信念を支えている重要な要素です。
でも発売から10年もたっているのに、なぜ今でも1ドル99セントでワインを売っていられるのか?
その理由は三つ。最大の理由はガラス瓶。ブランコはガラス瓶を軽くする事ではパイオニア的存在。通常、一ケースのワインは36ポンドなんですが、ブランコではガラス瓶を軽くして30ポンドに減量。このため、普通、一台のトラックで1200ケースしか輸送できないところを、1440ケースするのに成功。
二つ目は瓶の栓。プラスチックは使いたくないのがフレッドさん。そこでコルクのかすを集めてつくった安い栓でコストを押さえてるそうです。
三つ目は特定の場所でできたブドウを使わず、ブランコのワイン畑でできたぶどうを混ぜて作ってるから。
「でも味は落ちてないよ。もし不味かったら、10年も続けて年間600万本のワインをカリフォルニアで売れるわけがないよ。」
写真はエミリービル(Emeryville)のトレーダーズ・ジョー。
年間売り上げが550万本から600万本! 発売以来10年間、一本1ドル99セントのこのワイン、「ツー・バックス・チャック(Two-bucks Chuck)」というあだ名で親しまれているんですが、「バック」っていうのは「ドル」のこと。だから2ドルのチャックという愛称。
サンフランシスコの郊外にモデスト(Modesto)という市があるんですが、そのそばのセレス(Ceres)という町に本社があるブロンコ・ワイン・カンパニー(Bronco Wine Co.)が販売元。他に90種のワインのブランドを持ってて、そのほとんどを10ドル以下で販売しているとのこと。
チャールズ・ショーが生まれた理由は、その年、たまたまブドウが大豊作だったため。他のブドウ園のオーナーと相談し、2ドルワインを売ろうというアイデアが生まれたそうな。さらにブロンコの社長のフレッド・フランツィアさん(Fred Franzia)は、「誰もワインに10ドル以上払うべきではなーい!」という強い信念の持ち主。ブロンコは、カリフォルニアのサン・ワキン・バレー(San Joaquin Valley)に4万エイカーのブドウ園をもっていているというのも、フレッドさんの信念を支えている重要な要素です。
でも発売から10年もたっているのに、なぜ今でも1ドル99セントでワインを売っていられるのか?
その理由は三つ。最大の理由はガラス瓶。ブランコはガラス瓶を軽くする事ではパイオニア的存在。通常、一ケースのワインは36ポンドなんですが、ブランコではガラス瓶を軽くして30ポンドに減量。このため、普通、一台のトラックで1200ケースしか輸送できないところを、1440ケースするのに成功。
二つ目は瓶の栓。プラスチックは使いたくないのがフレッドさん。そこでコルクのかすを集めてつくった安い栓でコストを押さえてるそうです。
三つ目は特定の場所でできたブドウを使わず、ブランコのワイン畑でできたぶどうを混ぜて作ってるから。
「でも味は落ちてないよ。もし不味かったら、10年も続けて年間600万本のワインをカリフォルニアで売れるわけがないよ。」
写真はエミリービル(Emeryville)のトレーダーズ・ジョー。
2012年5月14日月曜日
オレゴンの洞窟、オレゴン・ケーブス・ナショナル・モニュメントへ その1
先週、前から行ってみたかったオレゴン・ケーブス・ナショナル・モニュメント(Oregon Caves National Monument)に行ってきました。
途中、ハイウェイ5沿いのヤレカ(Yreka)という、聞いた事も無いところで泊まったんですけど、昔は、マウント・シェスタ(Mt. Shasta)を中心とした林業で激しく栄えていたもよう。
どうしてかというと、まず機関車の駅のあること。シェスタ山がまる裸になるまで木を伐採した後、林業はすたれたんじゃないかと思います。バブルにより、過去数年は観光客を乗せて走っていたようですが、今回の不景気で、残念ながら、運航中止。で、機関車には乗れませんでした。
ヤレカの駅(始発駅)
古い面影の町並み。ある時点で発展が止まり、そのまま今日に至るというわけです。
なかなかの規模と輝きのあったダウンタウン。「夏草や、強者どもが夢の跡」的な町。
今どき、こんなアンティークな中国料理店は、サンフランシスコ・ベイ・エリアでは見るのは不可能。一枚上の写真の真ん中よりちょっと右の、白い建物の隣に赤いのが道路沿いに見えますが、それの正面写真。お客さんは入ってましたが、私達は遠慮。安全な線で、ケンタッキー・フライドチキンにしました。
途中、ハイウェイ5沿いのヤレカ(Yreka)という、聞いた事も無いところで泊まったんですけど、昔は、マウント・シェスタ(Mt. Shasta)を中心とした林業で激しく栄えていたもよう。
どうしてかというと、まず機関車の駅のあること。シェスタ山がまる裸になるまで木を伐採した後、林業はすたれたんじゃないかと思います。バブルにより、過去数年は観光客を乗せて走っていたようですが、今回の不景気で、残念ながら、運航中止。で、機関車には乗れませんでした。
ヤレカの駅(始発駅)
古い面影の町並み。ある時点で発展が止まり、そのまま今日に至るというわけです。
なかなかの規模と輝きのあったダウンタウン。「夏草や、強者どもが夢の跡」的な町。
今どき、こんなアンティークな中国料理店は、サンフランシスコ・ベイ・エリアでは見るのは不可能。一枚上の写真の真ん中よりちょっと右の、白い建物の隣に赤いのが道路沿いに見えますが、それの正面写真。お客さんは入ってましたが、私達は遠慮。安全な線で、ケンタッキー・フライドチキンにしました。
2012年5月7日月曜日
2012年、サンフランシスコ・バレエの「ドン・キホーテ」
2012年、サンフランシスコ・バレエのプログラム8は、新制作の「ドン・キホーテ」。
マリア・コチェトコワ(Maria Kochetokova)とタラス・ドミトロ(Taras Domitro)がキトリとバジル。
タラス・ドミトロがストリー・バレエで大役を演じるのを初めて見たんですが(「リミニのフランセスカ」を除いて)、さわやかでキリッとした動きは、嬉しい驚き。彼が初めてのジャンプを見せたとき、観客の息を飲む音で場内がざわっとし、コンパスのようにピシッと伸ばした両足を空中で素早く交差させ、空気を大きくカットしたときは、「オォッ...!」。まっすぐですらりとした足なので、舞台に立っただけでも体の線がリンとしてきれい、ジャンプがさわやかに見えます。
3〜4年ぐらい前に入団したんですが、サンフランシスコ・バレエにとって大きな財産。なんか、ちょっとおでこがはげてきたような感じではあるんですけど、まあそれはいいことにします。
マリアの動きもいつもどおりよかったんですが、タラスの高くて、クリスプな45度ジャンプで、その夜の主役を完全に奪われてしまった感じ。
こういうコンビだと、2人で踊るときはもっと素晴らしい踊りを見せると思ったんですけど、初めてのコンビのせいか、マリアとボアダ(Joan Boada)や、マリアとゲナディ(Gennadi Nedvigin)が持ってるような繋がりが見られず、1+1が3になる踊りの弁証法は成立しませんでした。
今のマリアには、キトリの役がピタッとこない感じがあります。
タラス以上に嬉しい驚きは、ジプシーの女を踊ったコートニー・エリザベス(Courtney Elizabeth)。今まで何度がドン・キホーテで、ジプシーの長に振られた女の踊りを見てきましたが、コートニーの踊りが今までで最高、その怒り、苦しみ、悲しみと哀訴をよーく表していました。振付けがさっぱりして、以前よりかよくなった感じがします。
彼女は一年前に、コールドバレエからソロリストに昇格したんですが、以来、着実に上手になってます。これで、将来、プリンシパルに昇格する道が開けたかも。
カーテン・コールで、普通マリアは、送られたブーケから花を一本抜き、パートナーにあげて感謝の気持ちを表すんですが、タラスにはあげませんでした。何か、気に食わなかったのかも。でも、このコンビには、いずれ成功して、素晴らしい踊りを見せて欲しいと思います。
バネッサ・ゾッホリアン(Vanessa Zahorian)とダビード・カラペティヤン(David Karapetyan)のコンビのも見たんですが、マリアとタラスの踊りの質にはかないません。バネッサとダビードは去年、結婚、以来、ダビードから、ちょっと緊張の感じが抜け、動きがキリッとしなくなった感じ。でも、アドリブ的に、いたずらっ子のような表現や、自然な笑い顔を舞台上で見せられるようにはなったんですが...
ここに行くと上のバネッサの写真(ソース)と、評論が見られます。
ダビード、怪我をして、第二幕目からヨアン・ボアダに変わったんですが、ボアダが見られたのでグー。
総じて、今回のドン・キホーテは、全体に、ミスが多かったです。タラスが着地後にクラっとして手をフロアについたり、キトリの友達を演じたドレス・アンドレ(Dores Andre)の落とした扇子が舞台を走ったり、バネッサの最初のジャンプはタイミングを逃して体が空中で開いてしまうような、危ないのがありました。
衣装は、ジプシーの女の衣装は以前よりかさっぱりし、新しい色を使ったメルセデスのはすごーくよくなってました。またドン・キホーテの夢の場面のサファイア色のチュチュが幻想性をまし、以前のよりかだんせんよくなってました。でもエスパーダの衣装が、お菓子のおまけにつくような、黄色と黒の漫画的雰囲気でがっかり。スター性がなくなってしまったんです。
タラスのジャンプが見られるビデオをリンクしておきます。3分20秒目ごろに見られます。今の彼は、もっと高く、速くジャンプができると思います。5分30秒から、彼のPDが見られます。これはタラスがまだキューバにいたときのビデオ。
ここをクリックするとHuff Post に載ったバネッサとボアダの写真が見られます。
マリア・コチェトコワ(Maria Kochetokova)とタラス・ドミトロ(Taras Domitro)がキトリとバジル。
タラス・ドミトロがストリー・バレエで大役を演じるのを初めて見たんですが(「リミニのフランセスカ」を除いて)、さわやかでキリッとした動きは、嬉しい驚き。彼が初めてのジャンプを見せたとき、観客の息を飲む音で場内がざわっとし、コンパスのようにピシッと伸ばした両足を空中で素早く交差させ、空気を大きくカットしたときは、「オォッ...!」。まっすぐですらりとした足なので、舞台に立っただけでも体の線がリンとしてきれい、ジャンプがさわやかに見えます。
3〜4年ぐらい前に入団したんですが、サンフランシスコ・バレエにとって大きな財産。なんか、ちょっとおでこがはげてきたような感じではあるんですけど、まあそれはいいことにします。
マリアの動きもいつもどおりよかったんですが、タラスの高くて、クリスプな45度ジャンプで、その夜の主役を完全に奪われてしまった感じ。
こういうコンビだと、2人で踊るときはもっと素晴らしい踊りを見せると思ったんですけど、初めてのコンビのせいか、マリアとボアダ(Joan Boada)や、マリアとゲナディ(Gennadi Nedvigin)が持ってるような繋がりが見られず、1+1が3になる踊りの弁証法は成立しませんでした。
今のマリアには、キトリの役がピタッとこない感じがあります。
タラス以上に嬉しい驚きは、ジプシーの女を踊ったコートニー・エリザベス(Courtney Elizabeth)。今まで何度がドン・キホーテで、ジプシーの長に振られた女の踊りを見てきましたが、コートニーの踊りが今までで最高、その怒り、苦しみ、悲しみと哀訴をよーく表していました。振付けがさっぱりして、以前よりかよくなった感じがします。
彼女は一年前に、コールドバレエからソロリストに昇格したんですが、以来、着実に上手になってます。これで、将来、プリンシパルに昇格する道が開けたかも。
カーテン・コールで、普通マリアは、送られたブーケから花を一本抜き、パートナーにあげて感謝の気持ちを表すんですが、タラスにはあげませんでした。何か、気に食わなかったのかも。でも、このコンビには、いずれ成功して、素晴らしい踊りを見せて欲しいと思います。
バネッサ・ゾッホリアン(Vanessa Zahorian)とダビード・カラペティヤン(David Karapetyan)のコンビのも見たんですが、マリアとタラスの踊りの質にはかないません。バネッサとダビードは去年、結婚、以来、ダビードから、ちょっと緊張の感じが抜け、動きがキリッとしなくなった感じ。でも、アドリブ的に、いたずらっ子のような表現や、自然な笑い顔を舞台上で見せられるようにはなったんですが...
ここに行くと上のバネッサの写真(ソース)と、評論が見られます。
ダビード、怪我をして、第二幕目からヨアン・ボアダに変わったんですが、ボアダが見られたのでグー。
総じて、今回のドン・キホーテは、全体に、ミスが多かったです。タラスが着地後にクラっとして手をフロアについたり、キトリの友達を演じたドレス・アンドレ(Dores Andre)の落とした扇子が舞台を走ったり、バネッサの最初のジャンプはタイミングを逃して体が空中で開いてしまうような、危ないのがありました。
衣装は、ジプシーの女の衣装は以前よりかさっぱりし、新しい色を使ったメルセデスのはすごーくよくなってました。またドン・キホーテの夢の場面のサファイア色のチュチュが幻想性をまし、以前のよりかだんせんよくなってました。でもエスパーダの衣装が、お菓子のおまけにつくような、黄色と黒の漫画的雰囲気でがっかり。スター性がなくなってしまったんです。
タラスのジャンプが見られるビデオをリンクしておきます。3分20秒目ごろに見られます。今の彼は、もっと高く、速くジャンプができると思います。5分30秒から、彼のPDが見られます。これはタラスがまだキューバにいたときのビデオ。
ここをクリックするとHuff Post に載ったバネッサとボアダの写真が見られます。
2012年4月24日火曜日
重要! インターネットで流れてる福島原発事故関連ビデオ
「アメリカのインターネットで流れてた」と過去形で言うほうが正確かも。というのは、YouTubeによると、複数の「第三者」から「著作権侵害」という抗議があり、英語の字幕が入ったビデオクリップは、ネットから駆除されたもよう。
でもフランス語とスペイン語のはそのままなので、リンクしておきます。もともとテレビ朝日の日本語放送なので、聞くのにぜんぜん問題ありません。
「福島原発事故その後」についてのビデオで、内容が重大なので、まだ見てない人は、見ておいた方がいいです。
著作権違反という理由でビデオの除去を要請した「第三者」のリストには、「Like For Syria」と 「 cnsa1000」と「ディズニー(Disney)」が。じゃあ、なぜ、フランス語やスペイン語版はそのままなのか不思議ですが、英語版がなくともリンクできたのでよかった、よかったという感じ。
上のビデオに出てくる京都大学の小出裕章先生の、「なぜ、原発はやめたほうがいいのか」という話をビデオにとったものも、リンクしておきます。長いですけど、私の視聴後感は、賛成、反対はさておき、国がリーダーシップをとって無視してきた、いや、はっきり言って隠しているうちに、自分自身でも忘れてしまった「原子力発電」のもう一つの現実を、地球市民として、知るべき時が来たと思います。わかりやすい内容です。
広島、長崎で「死の灰」が降ったという話ですが、その「死の灰」が、原子力発電で生じて始末のしようがない「原発廃棄物」と同義語であるのを初めて知りました。
小出先生に感謝です。
でもフランス語とスペイン語のはそのままなので、リンクしておきます。もともとテレビ朝日の日本語放送なので、聞くのにぜんぜん問題ありません。
「福島原発事故その後」についてのビデオで、内容が重大なので、まだ見てない人は、見ておいた方がいいです。
著作権違反という理由でビデオの除去を要請した「第三者」のリストには、「Like For Syria」と 「 cnsa1000」と「ディズニー(Disney)」が。じゃあ、なぜ、フランス語やスペイン語版はそのままなのか不思議ですが、英語版がなくともリンクできたのでよかった、よかったという感じ。
上のビデオに出てくる京都大学の小出裕章先生の、「なぜ、原発はやめたほうがいいのか」という話をビデオにとったものも、リンクしておきます。長いですけど、私の視聴後感は、賛成、反対はさておき、国がリーダーシップをとって無視してきた、いや、はっきり言って隠しているうちに、自分自身でも忘れてしまった「原子力発電」のもう一つの現実を、地球市民として、知るべき時が来たと思います。わかりやすい内容です。
広島、長崎で「死の灰」が降ったという話ですが、その「死の灰」が、原子力発電で生じて始末のしようがない「原発廃棄物」と同義語であるのを初めて知りました。
小出先生に感謝です。
2012年4月23日月曜日
デ・ヤングの「ジャン=ポール・ガルティエ」ショー
デ・ヤング美術館(De Young Museum)の、ファッション・デザイナー、ジャン=ポール・ガルティエ(Jean Paul Gratier)展というか、ショーはお薦め。
入場して角をまがるとすぐにジャン=ポールが、彼の最愛のミューズである、美しいモデルさんのとなりでご挨拶。ミューズはジャン=ポールを見たり、私を見たり、笑わないように唇をキッと閉めたりするので、初めは人間かと思っちゃうほど。
すぐに彼のシグネチャー・ファッションの展示が、続きます。一つ一つのガウンがストーリーを語る初期のデザイン。
マドンナが、コンサートで着た下着コスチュームは、ガルティエのデザインとは知りませんでしたが、彼女が実際に着用したものの他に、男性用のコルセットやコルセット・ガウンなど、ジェンダーベンダー物が続きます。彼女のコスチュームが、ファッションの世界を揺るがせるほど大きな影響を与えるとは思っても無かったマドンナ、「すごく驚いちゃったわよ。」
写真:秘密の会話中の男性マネキン一組と鏡。
いたずらファッションの元祖的存在でもあります。
写真:着てると裸に見えるドレス。ナオミ・キャンベルのは暗くて写真が撮れませんでした。
近い将来、マネキンは唄を歌ったり、笑ったりするようになるんでしょうね。マネキンや人形の未来を伺わせる展覧会でもあります。
入場して角をまがるとすぐにジャン=ポールが、彼の最愛のミューズである、美しいモデルさんのとなりでご挨拶。ミューズはジャン=ポールを見たり、私を見たり、笑わないように唇をキッと閉めたりするので、初めは人間かと思っちゃうほど。
すぐに彼のシグネチャー・ファッションの展示が、続きます。一つ一つのガウンがストーリーを語る初期のデザイン。
マドンナが、コンサートで着た下着コスチュームは、ガルティエのデザインとは知りませんでしたが、彼女が実際に着用したものの他に、男性用のコルセットやコルセット・ガウンなど、ジェンダーベンダー物が続きます。彼女のコスチュームが、ファッションの世界を揺るがせるほど大きな影響を与えるとは思っても無かったマドンナ、「すごく驚いちゃったわよ。」
写真:秘密の会話中の男性マネキン一組と鏡。
いたずらファッションの元祖的存在でもあります。
写真:着てると裸に見えるドレス。ナオミ・キャンベルのは暗くて写真が撮れませんでした。
近い将来、マネキンは唄を歌ったり、笑ったりするようになるんでしょうね。マネキンや人形の未来を伺わせる展覧会でもあります。
2012年4月22日日曜日
サンフランシスコ、今、春たけなわ!
サンフランシスコは、今、春のまっただなか。
ゴールデンゲート公園(Golden Gate Park)内に、植物園(San Francisco Botanical Garden at Strybing Arboretum)があるんですが、園内の「カリフォルニア」セクションは、今が訪れ時!カリフォルニア州の州花であるカリフォルニア・ポピーと、あやめ(アイリス)が真っ盛り。
カリフォルニア・ポピーは濃いオレンジから、赤っぽいオレンジ、黄色、白など、さまざまな色合いのポピーが集めてあります。植物園だからこそで、普通の丘の斜面では、これだけの色合いのポピーを一カ所で見るのはちょっと無理。
ポピーとあやめ。一週間前にとった写真。
濃い紫から薄い紫、白っぽい紫と、いろいろな色具合のアイリスも集めてあります。ベイエリアを囲んでいる山に行くと咲いてるのが見られますが、これだけの群落を一カ所で見るのは難しいです。
写真のクラスを取りたい気持ちがわかる、花盛り(初めての俳句!)
カリフォルニア・ポピーは濃いオレンジから、赤っぽいオレンジ、黄色、白など、さまざまな色合いのポピーが集めてあります。植物園だからこそで、普通の丘の斜面では、これだけの色合いのポピーを一カ所で見るのはちょっと無理。
ポピーとあやめ。一週間前にとった写真。
濃い紫から薄い紫、白っぽい紫と、いろいろな色具合のアイリスも集めてあります。ベイエリアを囲んでいる山に行くと咲いてるのが見られますが、これだけの群落を一カ所で見るのは難しいです。
写真のクラスを取りたい気持ちがわかる、花盛り(初めての俳句!)
2012年4月9日月曜日
無料オンライン講座、ユーダシティ、に挑戦!
実を言うと、ユーダシティ(Udacity)オンライン講座に参加 ー 結論から言うと、ベリーグー。オンライン講座は、大学だけではなく、社会での物のやり方を変えるっていうのを確信しました。
挑戦したのは7週間クラスでコース番号、CS101。「検索エンジンを造る(Building a Search Engine)」という名どおり、検索エンジンを構築しながら、コンピュータサイエンスの基本を学ぶというイントロのクラス。
先生のデーブ(Dave Evans)が、「コンピュータのクラスとったことのない人や、プログラミングの経験ゼロという人を前提にしてるんで、誰でも大歓迎!」というのをマジで信じて、2月中旬から始めました。コンピュータはバカスカ使ってるけど、コンピュータの知識はゼロというのが、前から「心の傷」だったんです。
オンライン講座の良い点: 何度でも同じ講座を聞けるし、先生の話しの字幕も出るので、好きなだけ読み返せます。だから生徒が自分のペースで進んで行けること。
米人おじさんが「何度もビデオを聞いたので、デーブに合ってる時間の方が家族に合う時間より長くなり、デーブが家族のような気がしてきたよ。こんどの感謝祭ディナーにはデーブと、アシスタントのピーターを、是非、招待したい」なんて書いてました。彼の場合はサクセス・ストーリーで、3週間目には、苦労のかいあって、ついていけるようになり、「宿題でもAを貰えるようになって嬉しいよ。」
写真: サイコ・ドーナッツのラディカル・ドーナッツ。お米のポップコーンが入っるやつとか、超甘とか、変わってるのが一杯。サンホゼにあります。
CS101クラスの参加者による自己公表によると、81才が最高、最小年齢は11才。
オンライン講座は、リクルートのしかたを変える可能性大:インターネットには国境がないので、CS101には、世界中からの参加者。で、世界には天才や秀才がいるのは確かだし、たとえサンフランシスコ・ベイ地域ほど教育が発達してなくとも、価値観・文化が違えば、違う発想ができるから、世界は考え方や発想の点では、今までタップされたことのない、未曾有の大宝庫!
CS101みたいな、コンピュータ科学のビギナーのクラスでも、宿題問題の解決の仕方、千差万別。
私は、3週間目から落ちこぼれになり始め、今はのろのろ亀。でもアルキメデスの亀でありたいと思ってます。ディスカッショんはすべてメールで行われ、デスカッションのページに残りますが、私のような質問はほとんどないので、私レベルの人は、恥ずかしくて質問を控えてるに違いありません。ま、ともかく、質問サイトをうろうろすると、「こういうやり方はどうか」とか、「私はこうやった」とかが、世界のあっちゃこっちゃから、来てるんですよ。答えは一つなのに(やさしいクイズなので)、それに到達するロジックはさまざま。
私の質問には、ユーダシティの雇われチューター(個人教師)が、質問サイトとメールですごく分かりやすく答えてくれるんで感激。わからないことが確実に理解できるので、嬉しくなり、たいへんな励みになります。こういう個人レベルに合わせた反応をしてくれるっていうのは、従来のクラスに比べて、オンライン講座の非常に優れた点。
授業ではカバーしないことを、分かりやすく説明してくれるチューターの皆さん、ありがとう!ジェンダー不詳の、バーチュアル・ラブに陥りそう。彼らの優れた文章力にも、すごーく関心。
ユーダシティの場合、グーグルが、距離を置いてでしょうけど、後ろについてます。ですから、提供されるクラスが充実するにつれ、グーグルとかが、「うちでこんどの夏、アメリカ見物をかねて、働いてみない?」とか、「あなたには絶対、絶対、来て欲しい、自由にマシン(コンピュータ)で遊んで(研究して)!」なんて、戦火の下を逃げ回っている年齢不詳の、大学なんか想像もしない、難民を招待するなんてことあり得る! つまり、オンライン講座は、組織が、欲しい人材や、面白い考え方を持った人を(この場合、コンピュータ・プログラマーですが)、熟れたリンゴを枝からもぎとるように、選り分けてリクルートできるチャンネルを与えるので、今は無料ですが、経費を回収するビジネスモデルも構築可能。
実際、クラスの終り頃から、誰でも応募できるコンテストを開催してて、トップの生徒や生徒グループへのご褒美は、世界のどこにいようと、グーグルの所在するパロアルト(Palo Alto)に無料ご招待。
ただしオンライン講座ではできないクラスがあるのも十分に理解してます。大学は勉強だけではなく、友情とか、愛情などの人間関係の作りかたや逃れ方を学んだり、試す場でもあるんですから。
オンライン講座形式で教えるには無理なクラスというのは、たくさんあると思いますが、オンラインには思わぬ良いところもあるのが分かりました。ユーダシティ、こういう機会を無料で与えてくれてどうもありがとう!
で、私はというと、盲目の坊さんが象をなでて、象とは何かをわかろうとする寓話がありますが、そんな坊さんの一人になった気持ち。このクラス、3週間目が困難さでいうと峠、それを過ぎると楽になります。わかんないところがなんとなくわかった最後の3週間は、自分ペースに調整、今、最後の方のビデオを見てるところです。
挑戦したのは7週間クラスでコース番号、CS101。「検索エンジンを造る(Building a Search Engine)」という名どおり、検索エンジンを構築しながら、コンピュータサイエンスの基本を学ぶというイントロのクラス。
先生のデーブ(Dave Evans)が、「コンピュータのクラスとったことのない人や、プログラミングの経験ゼロという人を前提にしてるんで、誰でも大歓迎!」というのをマジで信じて、2月中旬から始めました。コンピュータはバカスカ使ってるけど、コンピュータの知識はゼロというのが、前から「心の傷」だったんです。
オンライン講座の良い点: 何度でも同じ講座を聞けるし、先生の話しの字幕も出るので、好きなだけ読み返せます。だから生徒が自分のペースで進んで行けること。
米人おじさんが「何度もビデオを聞いたので、デーブに合ってる時間の方が家族に合う時間より長くなり、デーブが家族のような気がしてきたよ。こんどの感謝祭ディナーにはデーブと、アシスタントのピーターを、是非、招待したい」なんて書いてました。彼の場合はサクセス・ストーリーで、3週間目には、苦労のかいあって、ついていけるようになり、「宿題でもAを貰えるようになって嬉しいよ。」
写真: サイコ・ドーナッツのラディカル・ドーナッツ。お米のポップコーンが入っるやつとか、超甘とか、変わってるのが一杯。サンホゼにあります。
CS101クラスの参加者による自己公表によると、81才が最高、最小年齢は11才。
オンライン講座は、リクルートのしかたを変える可能性大:インターネットには国境がないので、CS101には、世界中からの参加者。で、世界には天才や秀才がいるのは確かだし、たとえサンフランシスコ・ベイ地域ほど教育が発達してなくとも、価値観・文化が違えば、違う発想ができるから、世界は考え方や発想の点では、今までタップされたことのない、未曾有の大宝庫!
CS101みたいな、コンピュータ科学のビギナーのクラスでも、宿題問題の解決の仕方、千差万別。
私は、3週間目から落ちこぼれになり始め、今はのろのろ亀。でもアルキメデスの亀でありたいと思ってます。ディスカッショんはすべてメールで行われ、デスカッションのページに残りますが、私のような質問はほとんどないので、私レベルの人は、恥ずかしくて質問を控えてるに違いありません。ま、ともかく、質問サイトをうろうろすると、「こういうやり方はどうか」とか、「私はこうやった」とかが、世界のあっちゃこっちゃから、来てるんですよ。答えは一つなのに(やさしいクイズなので)、それに到達するロジックはさまざま。
私の質問には、ユーダシティの雇われチューター(個人教師)が、質問サイトとメールですごく分かりやすく答えてくれるんで感激。わからないことが確実に理解できるので、嬉しくなり、たいへんな励みになります。こういう個人レベルに合わせた反応をしてくれるっていうのは、従来のクラスに比べて、オンライン講座の非常に優れた点。
授業ではカバーしないことを、分かりやすく説明してくれるチューターの皆さん、ありがとう!ジェンダー不詳の、バーチュアル・ラブに陥りそう。彼らの優れた文章力にも、すごーく関心。
ユーダシティの場合、グーグルが、距離を置いてでしょうけど、後ろについてます。ですから、提供されるクラスが充実するにつれ、グーグルとかが、「うちでこんどの夏、アメリカ見物をかねて、働いてみない?」とか、「あなたには絶対、絶対、来て欲しい、自由にマシン(コンピュータ)で遊んで(研究して)!」なんて、戦火の下を逃げ回っている年齢不詳の、大学なんか想像もしない、難民を招待するなんてことあり得る! つまり、オンライン講座は、組織が、欲しい人材や、面白い考え方を持った人を(この場合、コンピュータ・プログラマーですが)、熟れたリンゴを枝からもぎとるように、選り分けてリクルートできるチャンネルを与えるので、今は無料ですが、経費を回収するビジネスモデルも構築可能。
実際、クラスの終り頃から、誰でも応募できるコンテストを開催してて、トップの生徒や生徒グループへのご褒美は、世界のどこにいようと、グーグルの所在するパロアルト(Palo Alto)に無料ご招待。
ただしオンライン講座ではできないクラスがあるのも十分に理解してます。大学は勉強だけではなく、友情とか、愛情などの人間関係の作りかたや逃れ方を学んだり、試す場でもあるんですから。
オンライン講座形式で教えるには無理なクラスというのは、たくさんあると思いますが、オンラインには思わぬ良いところもあるのが分かりました。ユーダシティ、こういう機会を無料で与えてくれてどうもありがとう!
で、私はというと、盲目の坊さんが象をなでて、象とは何かをわかろうとする寓話がありますが、そんな坊さんの一人になった気持ち。このクラス、3週間目が困難さでいうと峠、それを過ぎると楽になります。わかんないところがなんとなくわかった最後の3週間は、自分ペースに調整、今、最後の方のビデオを見てるところです。
2012年3月31日土曜日
2012年、サンフランシスコ・バレエの「ガラスのかけら」
「ガラスのかけら(Glass Pieces)」はプログラム5の最後の作品。
「ウエストサイド・ストーリー」で有名な故ジェローム・ロビン(Jerome Robbins)が、ニューヨーク・シティ・バレエ(New York City Ballet)のために、フィリップ・グラス(Phillip Glass)に依頼した新曲に振付けしたもの。サンフランシスコ・バレエでも何度も上演している、モダンバレエの傑作です。
聞いただけで、すぐにフィリップ・グラスの曲とわかる、「ガラスのかけら」。聞く人に、イメージをわかせる曲。私のイメージは、水の粒子の「ブラウン運動」、スローモーション風に飛び散るガラスのかけら。
ジェームス・ロビンの振付けのイメージは都会の昼と夜だと思います。喧噪とする、朝の都会の駅前の交差点、もしくは駅の構内。背景は白くて大きな方眼紙。夜、ビルの片隅の裏道(上の写真参照)。コールドバレエの、メカニカルな背景ダンスもなかなか面白です。次に、忙しく、組織的に働く人たち(下の写真参照)。男性だけの踊りです。そして夕方の駅前の交差点という四部構成。
ニューヨークタイムズ紙(New York Times)がグランドセントラル駅(Grand Central Station)の写真を掲載したとき、写真の下方に「ガラスのかけら」というキャプションをいれたことがあるそうです。
曲と振付けがぴったりと合った、モダンバレエの古典。
Youtubeで見つけたビデオクリップをリンクしておきます。
こちらのリンクは、ニューヨーク・シティ・バレエによる「ガラスのかけら」の練習風景。ソフィアン・シルビ(Sofiane Sylve)が見えるのは、彼女が元ニューヨーク・シティ・バレエ所属だったため。
ところで、今シーズンから、日本人の女の子がサンフランシスコ・バレエに入団。イシハラ コトという人なんですけど、足がきれいに高く上がるし、曲げてあげても美しいです。これからどうなってゆくか楽しみ。
「ウエストサイド・ストーリー」で有名な故ジェローム・ロビン(Jerome Robbins)が、ニューヨーク・シティ・バレエ(New York City Ballet)のために、フィリップ・グラス(Phillip Glass)に依頼した新曲に振付けしたもの。サンフランシスコ・バレエでも何度も上演している、モダンバレエの傑作です。
聞いただけで、すぐにフィリップ・グラスの曲とわかる、「ガラスのかけら」。聞く人に、イメージをわかせる曲。私のイメージは、水の粒子の「ブラウン運動」、スローモーション風に飛び散るガラスのかけら。
ジェームス・ロビンの振付けのイメージは都会の昼と夜だと思います。喧噪とする、朝の都会の駅前の交差点、もしくは駅の構内。背景は白くて大きな方眼紙。夜、ビルの片隅の裏道(上の写真参照)。コールドバレエの、メカニカルな背景ダンスもなかなか面白です。次に、忙しく、組織的に働く人たち(下の写真参照)。男性だけの踊りです。そして夕方の駅前の交差点という四部構成。
ニューヨークタイムズ紙(New York Times)がグランドセントラル駅(Grand Central Station)の写真を掲載したとき、写真の下方に「ガラスのかけら」というキャプションをいれたことがあるそうです。
曲と振付けがぴったりと合った、モダンバレエの古典。
Youtubeで見つけたビデオクリップをリンクしておきます。
こちらのリンクは、ニューヨーク・シティ・バレエによる「ガラスのかけら」の練習風景。ソフィアン・シルビ(Sofiane Sylve)が見えるのは、彼女が元ニューヨーク・シティ・バレエ所属だったため。
ところで、今シーズンから、日本人の女の子がサンフランシスコ・バレエに入団。イシハラ コトという人なんですけど、足がきれいに高く上がるし、曲げてあげても美しいです。これからどうなってゆくか楽しみ。
2012年3月18日日曜日
Death Valley 駆け巡り記 3: 砂丘の日の出とダンテの地獄
日の出を見ることにして砂丘へ。同じこと考えてる人たちが、メスクゥート砂丘(Mesquite Dunes)のあちこちに小さく見えます。車を置いて砂丘に入り、日が出るまで、ヨガをやることにしました。
最初の日の光がピカーと射したとき、サン・サルテーション(Sun salutation)。
日の出というのはちょっと格別、まだ白紙の、新しい日を迎えるという気がします。今まで日の出を見るなんて事、考えた事がなかったのが残念な気がするくらい。
いったんホテルに戻ってシャワーを浴びてから、モザイク・キャニオン(Mosaic Canyon)へ。巨大な変成岩には、堆積岩時代と造山隆起の思い出が幾層にもわたって刻まれていて、まるで太古の歴史を音符代わりに留めてる五線紙のよう。そんなメロディーを辿りながら、巨大な岩の隙間のハイキング道を進みます。
ダンテズ・ビュー(Dante's View)、ダンテという名前がつくのがひどく気になって、遠回りになるんですけど、寄る事にしました。メインの道路を離れてだんだんと高度が上昇、植物の種類が比較的豊富になり、乾燥地帯の植物の葉や茎の色が花畑のように鮮やか。思うままに空に向かって伸びる植物の、リンとした率直な美しさ、「自分」らしさ。そのありさまを忘れたくなくて、網膜に焼き付けようと熟視。
断崖絶壁上の道が急に狭くなり、傾斜もきつくなったので、しがみつくように「エイヤッ!」とハンドルをきると突然駐車場。アーッと声も上げんばかりに車から飛び出して見た、ダンテの地獄の壮大なビュー!!
最初に訪れたバッドウォーターのちょうど真上。ああ、延々と続く塩の原、それを横切って吹く風の向こうの山なみ。
もっとダンテの景色を見たい、急な傾斜の植物を見たいと、駐車場から尾根伝いに歩きます。
尾根から見た急な傾斜。この写真じゃ、岩や草の色彩の美しさは伝えられません! 写真家でも無理かも。でもリンクしておきます。
デスバレーにお別れを告げる時間が迫ってきましたが、はからずも、有終の美を飾るに相応しい、塩と山と岩と谷と風と空と草木と時間が交差する悠久のドラマを、風にピシピシとおでこや頬をたたかれながら眺望できたのは、謙虚に感謝感激です。
なお、フリッカーですごく美しいデスバレー写真シリーズを見つけたので、タイトルにエンクロージャーしておきました。タイトルをクリックすると見られます。
2012年4月9日: デス・バレーでやり残して残念に思うのは、バッドウォーターを、もっと遠くまでずっと歩いてみたかったこと。もっと歩いてみたかったなーという場所がいくつかあること。
最初の日の光がピカーと射したとき、サン・サルテーション(Sun salutation)。
日の出というのはちょっと格別、まだ白紙の、新しい日を迎えるという気がします。今まで日の出を見るなんて事、考えた事がなかったのが残念な気がするくらい。
いったんホテルに戻ってシャワーを浴びてから、モザイク・キャニオン(Mosaic Canyon)へ。巨大な変成岩には、堆積岩時代と造山隆起の思い出が幾層にもわたって刻まれていて、まるで太古の歴史を音符代わりに留めてる五線紙のよう。そんなメロディーを辿りながら、巨大な岩の隙間のハイキング道を進みます。
ダンテズ・ビュー(Dante's View)、ダンテという名前がつくのがひどく気になって、遠回りになるんですけど、寄る事にしました。メインの道路を離れてだんだんと高度が上昇、植物の種類が比較的豊富になり、乾燥地帯の植物の葉や茎の色が花畑のように鮮やか。思うままに空に向かって伸びる植物の、リンとした率直な美しさ、「自分」らしさ。そのありさまを忘れたくなくて、網膜に焼き付けようと熟視。
断崖絶壁上の道が急に狭くなり、傾斜もきつくなったので、しがみつくように「エイヤッ!」とハンドルをきると突然駐車場。アーッと声も上げんばかりに車から飛び出して見た、ダンテの地獄の壮大なビュー!!
最初に訪れたバッドウォーターのちょうど真上。ああ、延々と続く塩の原、それを横切って吹く風の向こうの山なみ。
もっとダンテの景色を見たい、急な傾斜の植物を見たいと、駐車場から尾根伝いに歩きます。
尾根から見た急な傾斜。この写真じゃ、岩や草の色彩の美しさは伝えられません! 写真家でも無理かも。でもリンクしておきます。
デスバレーにお別れを告げる時間が迫ってきましたが、はからずも、有終の美を飾るに相応しい、塩と山と岩と谷と風と空と草木と時間が交差する悠久のドラマを、風にピシピシとおでこや頬をたたかれながら眺望できたのは、謙虚に感謝感激です。
なお、フリッカーですごく美しいデスバレー写真シリーズを見つけたので、タイトルにエンクロージャーしておきました。タイトルをクリックすると見られます。
2012年4月9日: デス・バレーでやり残して残念に思うのは、バッドウォーターを、もっと遠くまでずっと歩いてみたかったこと。もっと歩いてみたかったなーという場所がいくつかあること。
2012年3月11日日曜日
2012年、サンフランシスコ・バレエの「ロミオとジュリエット」
2012年サンフランシスコ・バレエの、マリア・コチェトコワ(Maria Kochetkova)とヨアン・ボアダ(Joan Boada)が演じるロミオとジュリエットは素晴らしかったです。
第一幕:ロミオがジュリエットの家の庭に忍び込んで始まるバルコニーの場面。愛を告白し合う2人は青春のまっただ中。見つめ合ったり、だきあったり、ふざけたりして、溢れるばかりの情熱と喜びで舞台上を駆け巡ります。お互いの感情だけが世界ーーそんな2人を見てて、思わず、あ〜、私にもこんな時代があったなーと、一瞬、フワァーと、タイムマシンに乗って、自分の過去に飛んでしまいました。
写真:リンクしたサイトから。これは2011年公演の時の写真です。
第二幕:ティボルト一派と、ロメオ一派の立ち回り:さすがハリウッドの第一人者がコーチした立ち回り、演出もいいし、皆さん、剣さばきが上達。ダンサーなんで、感がいいんですね。ティボルトがマキューシオを刺殺、ロメオが逆上してティボルトに復讐しますが、事態の重大さに愕然としたロメオ、許しを乞おうとします。
第三幕:一晩を共にしたロミオとジュリエットの別れの場面。パーフェクトな踊りとかなんとかかんとか以上のなにかで観客の心と目をしっかり2人につなぎとめ、観客も2人の動きを追います。美しいプロコフィエフのテーマにのって、ロメオとジュリエットは、澄んだ瀬せらぎの水のように、舞台上を走り、流れ、縺れ、絡み合い、輝き、滑ります。
写真:ロサンジェルスタイムズから。2011年の写真とレビュー。記事の真ん中あたりに、青いハイパーリンクがありますが、それをクリックすると写真が見られます。
ロミオとジュリエットが秘密で結婚してしまったのを知らないキャプレット大公夫婦、ジュリエットをパリスと結婚させようとしますが、ジュリエットは拒否。父親に自分の気持ちをわかってもらおうとするジュリエット、怒る父と母。ジュリエットに同情して、私は涙を流してしまいました。
ジュリエットが一時的に死んでいるだけなのを知らないロメオが、悲しみのうちにジュリエットの亡がらを抱き上げて踊ります。
ロメオが毒薬を飲もうとするとき、私は「ロメオ、早合点しないで!」と言いたくなってしまいますが、しょうがありません。
ロメオが自殺したあと、ジュリエットが目を覚まします。ロメオの死骸を見て愕然とし号泣。私も、さらに涙を流してしまいました。
ただの男の子から恋する青年へと変身、その喜びあふれる気持ちと情熱を、体全体で、ためらいもなく大胆に表現できるヨアン、この点では男性ダンサーの中では希有で、ロミオ役がぴったり。片手でマリアを高々とかかげて踊れるのは、今のところ、彼だけ。ちょっと背が低いのがダンサーとして難点と言えば難点ですが、ロミオ役をやってるときは、まるで気になりません。
目差しや体の動きでジュリエットの気持ちを伝えるマリアは、サンフランシスコ・バレエを代表するに相応しいプリマドンナに成長、ヤン・ヤン・タンがトップの時代に終止符を打ってしまいました。感情表現と技術がマッチするマリアーーこれからどのように成長するかは想像もつきませんが、成長し続けるのは確か。
マリアの場合、大胆に表現するんですが、彼女のパーソナリティなんでしょうか、それとも先のあるダンサーが持ってる共通のものなんでしょうか、それがたずなをかけ、言葉にならない部分、つまり「...」の部分を、体の筋肉一筋、一筋の動きにして表現してしまうんですね。
ヨアンも「...」ができたんですが、今シーズンまで長い間、ちょい役ばかりやらされてたせいか、あまりそれが見られない感じ。ヘルゲイ(ディレクター)にヨアンの踊る機会をもっと作ってもらいたいし、ヨアンのもう一つの特徴である、腕と手の動きのまれな美しさをぐーんと伸ばして、もっと見せて欲しいものです。
カーテンコールの時、ヨアンは最近、必ずマリアの手にキス。プログラム3の「リミニのフランセスカ」の時もそうでした(これも本当に素晴らしかったです)。「マリア、君は最高だ、お陰で素晴らしいパフォーマンスができたよ、ありがとう!」という気持ちを伝えてるんだ思います。ペアが技術的にマッチし、100パーセントの信頼があってこそ。ヨアンだから、マリアも十分に大胆に、繊細に、好きなだけ気持ちを込めて、今、踊れるんだなと思います。
ジェームス・ガルシア・カスティラ(James Garcia Castilla):ロミオの友達役。いつも足が後ろに高く良く伸びる美しいジャンプ。「にんじん」という孤児の話がありますが、そのにんじん的雰囲気と、チンピラ風の顔のおかげで随分、損してる感じ。SFゲートに写真が出てるのでリンクしておきます。
クィン・ワートン(Quinn Wharton)とルーク・ウィリス(Luke Willis):2人ともコールドバレエの一員なんですけど、体格がよく、パリスや、ティボルトの友達役をやってます。ジェレミー・ラッカー(Jeremy Rucker)もティボルト派の一員。
サラ・バン・パタン(Sarah van Patten): ロメオを見つめるさい、クビがガクッとさがっていて上目使いになり、ちょっと変。なんでだかわかりません。でも踊りや表現はぐーんと上手になってます。演劇のクラスでもとったのかも。
サラはピエールーフランコイズ・ビラノバ(Pierre-Francois Vilanoba)と組んで踊ったんですが、2人の踊りは、マリアとヨアンが持ってるほどのお客をつかむ力はありません。踊りはあっち、観客はこっちという区分が乗り越えられないんでしょうね。ビラノバは踊ってる最中の感情表現はいいんですが、踊ってないときにただの人に戻ってしまうのに気づいて欲しいんですけど。
表情とダンスがマッチできるというのは、そうはたくさんあることではないのかも。例えばバネッサ・ゾッホリンの場合、きれいな人なんですが、顔に張りつけたような笑顔。自然に表情が出てないんで、踊りそのものも、自由の域に達してない感じがします。
SFgateの写真とレビューのリンク。2012年です。
こちらはビデオクリップ。
ビデオクリップじゃないんですが、パーティの開始場面と第二幕の一部がよく見られます。話をしてる人はアニタ・パチアッチで、ジュリエッとの乳母役でもあり、バレエマスターでもあります。
第一幕:ロミオがジュリエットの家の庭に忍び込んで始まるバルコニーの場面。愛を告白し合う2人は青春のまっただ中。見つめ合ったり、だきあったり、ふざけたりして、溢れるばかりの情熱と喜びで舞台上を駆け巡ります。お互いの感情だけが世界ーーそんな2人を見てて、思わず、あ〜、私にもこんな時代があったなーと、一瞬、フワァーと、タイムマシンに乗って、自分の過去に飛んでしまいました。
写真:リンクしたサイトから。これは2011年公演の時の写真です。
第二幕:ティボルト一派と、ロメオ一派の立ち回り:さすがハリウッドの第一人者がコーチした立ち回り、演出もいいし、皆さん、剣さばきが上達。ダンサーなんで、感がいいんですね。ティボルトがマキューシオを刺殺、ロメオが逆上してティボルトに復讐しますが、事態の重大さに愕然としたロメオ、許しを乞おうとします。
第三幕:一晩を共にしたロミオとジュリエットの別れの場面。パーフェクトな踊りとかなんとかかんとか以上のなにかで観客の心と目をしっかり2人につなぎとめ、観客も2人の動きを追います。美しいプロコフィエフのテーマにのって、ロメオとジュリエットは、澄んだ瀬せらぎの水のように、舞台上を走り、流れ、縺れ、絡み合い、輝き、滑ります。
写真:ロサンジェルスタイムズから。2011年の写真とレビュー。記事の真ん中あたりに、青いハイパーリンクがありますが、それをクリックすると写真が見られます。
ロミオとジュリエットが秘密で結婚してしまったのを知らないキャプレット大公夫婦、ジュリエットをパリスと結婚させようとしますが、ジュリエットは拒否。父親に自分の気持ちをわかってもらおうとするジュリエット、怒る父と母。ジュリエットに同情して、私は涙を流してしまいました。
ジュリエットが一時的に死んでいるだけなのを知らないロメオが、悲しみのうちにジュリエットの亡がらを抱き上げて踊ります。
ロメオが毒薬を飲もうとするとき、私は「ロメオ、早合点しないで!」と言いたくなってしまいますが、しょうがありません。
ロメオが自殺したあと、ジュリエットが目を覚まします。ロメオの死骸を見て愕然とし号泣。私も、さらに涙を流してしまいました。
ただの男の子から恋する青年へと変身、その喜びあふれる気持ちと情熱を、体全体で、ためらいもなく大胆に表現できるヨアン、この点では男性ダンサーの中では希有で、ロミオ役がぴったり。片手でマリアを高々とかかげて踊れるのは、今のところ、彼だけ。ちょっと背が低いのがダンサーとして難点と言えば難点ですが、ロミオ役をやってるときは、まるで気になりません。
目差しや体の動きでジュリエットの気持ちを伝えるマリアは、サンフランシスコ・バレエを代表するに相応しいプリマドンナに成長、ヤン・ヤン・タンがトップの時代に終止符を打ってしまいました。感情表現と技術がマッチするマリアーーこれからどのように成長するかは想像もつきませんが、成長し続けるのは確か。
マリアの場合、大胆に表現するんですが、彼女のパーソナリティなんでしょうか、それとも先のあるダンサーが持ってる共通のものなんでしょうか、それがたずなをかけ、言葉にならない部分、つまり「...」の部分を、体の筋肉一筋、一筋の動きにして表現してしまうんですね。
ヨアンも「...」ができたんですが、今シーズンまで長い間、ちょい役ばかりやらされてたせいか、あまりそれが見られない感じ。ヘルゲイ(ディレクター)にヨアンの踊る機会をもっと作ってもらいたいし、ヨアンのもう一つの特徴である、腕と手の動きのまれな美しさをぐーんと伸ばして、もっと見せて欲しいものです。
カーテンコールの時、ヨアンは最近、必ずマリアの手にキス。プログラム3の「リミニのフランセスカ」の時もそうでした(これも本当に素晴らしかったです)。「マリア、君は最高だ、お陰で素晴らしいパフォーマンスができたよ、ありがとう!」という気持ちを伝えてるんだ思います。ペアが技術的にマッチし、100パーセントの信頼があってこそ。ヨアンだから、マリアも十分に大胆に、繊細に、好きなだけ気持ちを込めて、今、踊れるんだなと思います。
ジェームス・ガルシア・カスティラ(James Garcia Castilla):ロミオの友達役。いつも足が後ろに高く良く伸びる美しいジャンプ。「にんじん」という孤児の話がありますが、そのにんじん的雰囲気と、チンピラ風の顔のおかげで随分、損してる感じ。SFゲートに写真が出てるのでリンクしておきます。
クィン・ワートン(Quinn Wharton)とルーク・ウィリス(Luke Willis):2人ともコールドバレエの一員なんですけど、体格がよく、パリスや、ティボルトの友達役をやってます。ジェレミー・ラッカー(Jeremy Rucker)もティボルト派の一員。
サラ・バン・パタン(Sarah van Patten): ロメオを見つめるさい、クビがガクッとさがっていて上目使いになり、ちょっと変。なんでだかわかりません。でも踊りや表現はぐーんと上手になってます。演劇のクラスでもとったのかも。
サラはピエールーフランコイズ・ビラノバ(Pierre-Francois Vilanoba)と組んで踊ったんですが、2人の踊りは、マリアとヨアンが持ってるほどのお客をつかむ力はありません。踊りはあっち、観客はこっちという区分が乗り越えられないんでしょうね。ビラノバは踊ってる最中の感情表現はいいんですが、踊ってないときにただの人に戻ってしまうのに気づいて欲しいんですけど。
表情とダンスがマッチできるというのは、そうはたくさんあることではないのかも。例えばバネッサ・ゾッホリンの場合、きれいな人なんですが、顔に張りつけたような笑顔。自然に表情が出てないんで、踊りそのものも、自由の域に達してない感じがします。
SFgateの写真とレビューのリンク。2012年です。
こちらはビデオクリップ。
ビデオクリップじゃないんですが、パーティの開始場面と第二幕の一部がよく見られます。話をしてる人はアニタ・パチアッチで、ジュリエッとの乳母役でもあり、バレエマスターでもあります。
2012年3月8日木曜日
Death Valley 駆け巡り記 2: バッドウォーターからザブラスキ・ポイント
翌朝9時にリッジクレスト(Ridgecrest)のモーテル出発、米海軍の基地沿いのハイウェイ178をさらに東へ。
名前のとおり、水のかわりに、塩の結晶がはってる、巨大な、白いドライ・ソルト・レーク(Dry Salt Lake)が見えてきました。ドライ・レーク「塩」畔の、工場の町、トローナ(Trona)で休憩。何もすることがないので町の歴史館へぷらり、塩からいろいろなミネラルを蒸留抽出するために工場があり、町ができたのを理解。50年代には大繁栄してたようですが、今はその面影を歴史館の古い写真にとどめるだけ。
写真:塩からミネラルを抽出する工場。この会社の現オーナーは、なんと、インドの会社。海を離れて何千里、こんな人里離れた場所にも、時代の波が押し寄せていて、東南アジアの進出があるなんて! 会社側も宣伝する気はないらしく、写真をとってたら、パリッとした制服を着た守衛さんがでてきて、止められました。そのこと自体は驚きませんでしたが、強い日差しでペンキが剥げ落ちた町に、突然、身なりの良い守衛さんの出現はちぐはぐで、意外で、びっくり。
この町を過ぎると、いよいよ「何も無ーい」から、「何もなーい、自然があるか」と、人間の手が入ってほこりっぽくなった自然がのろのろと遠のき、自然のための自然が少しづつ、前に出てきます。
突如出現した急な山を超え、平地を北へ、北へと走ります。
草みたいな、低木が続きます。
植物の種類が少なくなり、間隔も、規則正しいながら、まばらになっていくので、ますます乾燥地帯に入って行くのがわかります。
何もない、広大な場所、こんなとこに舗装道路があるのが不思議な道を、ひたすら、ただ道なみに走ります。何を目標に走ってるかわからなくなるほど走るとやっと道標、デス・バレー国立公園(Death Valley)経由ラスベガスへと伸びるハイウェイ190のT字路にぶつかりました。
デス・バレー国立公園内西端の村、ストーブパイプ・ウェルズ(Stovepipe Wells)についたときは午後、すぐにホテルを予約して、そのまますぐ、デス・バレー探索へ出発。
ファーネス・クリーク(Furnace Creek)へ向かうにつれ高度が低くなり、「海抜マイナス100フィート」の標識をみながら、汗をかきかき、たまにサイクリストにすれちがいながら、何も無い場所を走ります。
ファーネス・クリークは、旅行者用ビジターセンターの他に、食料品店やお土産物屋さん、レストラン、自転車屋さんなんかがある、けっこう、にぎやかな場所。食料品店はストーブパイプにもあります。
最初に訪問した場所はバッドウォーター(Badwater)。ここは海抜マイナス86メートルという、アメリカで一番低い場所。昔は湖だったそうですが水は蒸発、今はちょっと水が残ってるだけ、あとは真っ白な塩原がえんえんと。喉の乾ききった旅人が「水だー!」と喜んで走りより、飲もうとするんですが塩辛くて飲めない、それがバッドウォーターという名前の由来。こんな水にも巻貝類が住んでて、保護されてます。
ナチュラル・ブリッジ(Natural Bridge)。本道から右折して砂利道をごろごろ走ると、ハイキング道入り口の駐車場。車から降りて100メートルぐらい歩くと到着。
アーティスト・パレット(Artist's Pallet)へ行くため、アーティスト・ドライブ(Artist Drive)という一方通行の舗装道路に入ります。上がったり下がったり曲がりくねったり、また岩の様相や地質的特徴、植相にも変化に富む、楽しいドライブ。「絵描きさんのパレット(アーティスト・パレット)」と呼ばれる由縁は、緑や青やピンク色の鉱物が岩石に含まれてるため。そんな鉱物の色が一番美しく映えて見えるのが夕焼け時なので、本を読みながら、気長に待ってる人たちもいましたが、私達はそんな時間はないので、日没30分前の午後5時に出発。
ザブリスキー・ポイント(Zabriskie Point)に着いたときは、日没の直前。スター・ウォーズに出てくる星よりか別世界... 数千万年前に、地下のマグマにオーブン焼きにされた地球のプレートが、波のように押し寄せる圧力に屈して隆起し、アメのように曲がりくねりながらそのまま冷え、シマウマ状の化石的風景になったという感じ。
ストーブパイプ・ウェルズに戻ったときはもう真っ暗。レストランで、肉はまずいが付け合わせのインゲンはおいしかった食事の後、ホテルでバタン、キュー。
4/9/2012追記: 車で行くなら、ホテルはファーネス・クリークより、ストーブパイプの方が安め。古さは同じ。レストランは記念が目的なら食べてもいいけどたいしたことなし。前日までに電話すると、だいたいホテルの部屋は空いてるので、クレジットーカード予約がベスト。食べ物は公園の外のマーケットでバケットとチーズと果物、サラダなんかを買ってて持ってた方が新鮮で美味しいです。
名前のとおり、水のかわりに、塩の結晶がはってる、巨大な、白いドライ・ソルト・レーク(Dry Salt Lake)が見えてきました。ドライ・レーク「塩」畔の、工場の町、トローナ(Trona)で休憩。何もすることがないので町の歴史館へぷらり、塩からいろいろなミネラルを蒸留抽出するために工場があり、町ができたのを理解。50年代には大繁栄してたようですが、今はその面影を歴史館の古い写真にとどめるだけ。
写真:塩からミネラルを抽出する工場。この会社の現オーナーは、なんと、インドの会社。海を離れて何千里、こんな人里離れた場所にも、時代の波が押し寄せていて、東南アジアの進出があるなんて! 会社側も宣伝する気はないらしく、写真をとってたら、パリッとした制服を着た守衛さんがでてきて、止められました。そのこと自体は驚きませんでしたが、強い日差しでペンキが剥げ落ちた町に、突然、身なりの良い守衛さんの出現はちぐはぐで、意外で、びっくり。
この町を過ぎると、いよいよ「何も無ーい」から、「何もなーい、自然があるか」と、人間の手が入ってほこりっぽくなった自然がのろのろと遠のき、自然のための自然が少しづつ、前に出てきます。
突如出現した急な山を超え、平地を北へ、北へと走ります。
草みたいな、低木が続きます。
植物の種類が少なくなり、間隔も、規則正しいながら、まばらになっていくので、ますます乾燥地帯に入って行くのがわかります。
何もない、広大な場所、こんなとこに舗装道路があるのが不思議な道を、ひたすら、ただ道なみに走ります。何を目標に走ってるかわからなくなるほど走るとやっと道標、デス・バレー国立公園(Death Valley)経由ラスベガスへと伸びるハイウェイ190のT字路にぶつかりました。
デス・バレー国立公園内西端の村、ストーブパイプ・ウェルズ(Stovepipe Wells)についたときは午後、すぐにホテルを予約して、そのまますぐ、デス・バレー探索へ出発。
ファーネス・クリーク(Furnace Creek)へ向かうにつれ高度が低くなり、「海抜マイナス100フィート」の標識をみながら、汗をかきかき、たまにサイクリストにすれちがいながら、何も無い場所を走ります。
ファーネス・クリークは、旅行者用ビジターセンターの他に、食料品店やお土産物屋さん、レストラン、自転車屋さんなんかがある、けっこう、にぎやかな場所。食料品店はストーブパイプにもあります。
最初に訪問した場所はバッドウォーター(Badwater)。ここは海抜マイナス86メートルという、アメリカで一番低い場所。昔は湖だったそうですが水は蒸発、今はちょっと水が残ってるだけ、あとは真っ白な塩原がえんえんと。喉の乾ききった旅人が「水だー!」と喜んで走りより、飲もうとするんですが塩辛くて飲めない、それがバッドウォーターという名前の由来。こんな水にも巻貝類が住んでて、保護されてます。
ナチュラル・ブリッジ(Natural Bridge)。本道から右折して砂利道をごろごろ走ると、ハイキング道入り口の駐車場。車から降りて100メートルぐらい歩くと到着。
アーティスト・パレット(Artist's Pallet)へ行くため、アーティスト・ドライブ(Artist Drive)という一方通行の舗装道路に入ります。上がったり下がったり曲がりくねったり、また岩の様相や地質的特徴、植相にも変化に富む、楽しいドライブ。「絵描きさんのパレット(アーティスト・パレット)」と呼ばれる由縁は、緑や青やピンク色の鉱物が岩石に含まれてるため。そんな鉱物の色が一番美しく映えて見えるのが夕焼け時なので、本を読みながら、気長に待ってる人たちもいましたが、私達はそんな時間はないので、日没30分前の午後5時に出発。
ザブリスキー・ポイント(Zabriskie Point)に着いたときは、日没の直前。スター・ウォーズに出てくる星よりか別世界... 数千万年前に、地下のマグマにオーブン焼きにされた地球のプレートが、波のように押し寄せる圧力に屈して隆起し、アメのように曲がりくねりながらそのまま冷え、シマウマ状の化石的風景になったという感じ。
ストーブパイプ・ウェルズに戻ったときはもう真っ暗。レストランで、肉はまずいが付け合わせのインゲンはおいしかった食事の後、ホテルでバタン、キュー。
4/9/2012追記: 車で行くなら、ホテルはファーネス・クリークより、ストーブパイプの方が安め。古さは同じ。レストランは記念が目的なら食べてもいいけどたいしたことなし。前日までに電話すると、だいたいホテルの部屋は空いてるので、クレジットーカード予約がベスト。食べ物は公園の外のマーケットでバケットとチーズと果物、サラダなんかを買ってて持ってた方が新鮮で美味しいです。
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